先日コンビニでホットドッグを買ったときのことです。

「温めてください」と言えばたいてい「切り目を入れても大丈夫ですか?」と聞かれていたのですが今回はとくに聞かれず。

無言のままハサミで切って温めてくださいました。

歩いているとすごくホットドッグのにおいがしてくるので、不思議に思ってみてみると袋の端が完全に切り取られていたのです。

どのコンビニでも確認をしてくれた上で少し切り目を入れ、温め終わったらテープでふさいでくれるのが当たり前。

だから、確認はなくても切り目は少しだけでテープが貼ってあるものと勝手に思い込んでいたのです。

私の場合は驚いただけ、というか、家族に話せるネタができたと嬉しく思ったくらいですが、人によっては怒りが湧くこともあるでしょう。

「当たり前」という感覚が強い人ほど不満を抱えやすくイライラしがちです。

  • コンビニで商品を袋詰めしてもらうのは当たり前
  • タクシーの運転手が目的地まで乗せて行ってくれて当たり前
  • 自分が稼いで飯を食わせてやってるんだから妻が家事をするのは当たり前
  • 親が自分の面倒を見てくれて当たり前
  • 友達が自分の話を聞いてくれて当たり前
  • 居酒屋のアルバイトが丁寧な接客をしてくれて当たり前
  • 宅配便のドライバーさんが荷物を届けてくれて当たり前

当たり前じゃありません。

「無人島にいたとすればお金を払おうが威張ろうが何もしてはもらえない」

心理学の勉強をしていたときに先生が言っていたのを思い出しました。

「当たり前」の反対語は「ありがとう」。

ありがとうは漢字で書くと「有り難う」。

日常生活の中で当たり前と思っていることが実は「有り難い」ことなのです。

どんどん便利になっていく世の中で当たり前が蔓延しています。

不満を抱えてイライラする人も増えています。

便利になりすぎて我慢することが減ったからかもしれません。

明日のご飯を心配することがなくなったからかもしれません。

豊かになって「当たり前」と思うことが増えれば増えるほど心が貧しくなっていくような気がします。

自分が「当たり前」と思っていることが実は「有り難い」ことなのではないか?

すべてのことに対して「有り難い」と思うのは難しいですが、少しでも「有り難い」を増やせると心が豊かになるのかなと思います。