「自分を認める」というのがどういうことなのかわからないという方が多いので、今回は自分を認める方法について書いてみようと思います。

「自分を認める」と言うと「自分の良い部分を認める」と解釈しがちですが、自分を認める上で大切なのは自分の影をいかに認められるかです。

影は他人に見せたくない側面のことであり、自分の嫌いな人、苦手な人、否定したくなる人、批判したくなる人に映し出されます。

相手の気持ちを考えない自己中な人に強い嫌悪感を抱く場合、相手の気持ちを考えない自己中な面が影として存在します。

感情のままに怒りをぶつける母親のようには絶対になりたくないと思っている場合、自分の中にある感情のままに動く面が影として存在します。

ナンパ師のような軽い男は絶対にダメだと思っている場合、自分の中にある性欲のままに動きたい面が影として存在します。

ダメだと思っているから相手のことも自分の中にある要素も否定して見ないように蓋をして自覚できていないケースも多いです。自分の中に嫌な要素があると思いたくはないですからね。

とくに親子の場合は生まれつき同じ性質を持っていることが多いので、否定すると自分の性質を否定することにもなって苦しみの度合いが深くなります。

自分を認めることと対人恐怖症の関連性

対人恐怖症で悩んでいる人は認めていないことが非常に多いです。

  • 他人への攻撃的、批判的な気持ち
  • 親に対する怒りや悲しみ、憎しみ
  • 自分の本音を抑えこむことによる嫌な気持ち
  • 不安で気になって仕方がない気持ち
  • 他人のことを考えず自己中心的になってしまうこと
  • いますぐ症状が消えたとしても人と上手くコミュニケーションが取れないこと
  • 過去の嫌な出来事を引きずっていて今でも許せていないこと
  • 自分から他人を拒絶していること
  • 他人の考えや価値観を受け入れずシャットアウトしていること
  • 人と話したい、かかわりたい気持ちを強く持っていること
  • 彼女(彼氏)が欲しい、結婚したいと思っていること
  • 異性に興味があって会話したい気持ちが強いこと

などなど。挙げればキリがないほどあります。

「気にしないようにしよう」「考えても仕方ない」等と自分に言い聞かせて目を背けたり、「こんなこと思っちゃいけない」と禁止したり、症状のせいにしたりして自分の気持ちと向き合わないから認められなくなるんですよね。

認めないことで無いものにできるのである意味自分を守れるのですが、自分が認めようが認めまいがそこにあるのはあるわけで消え去ってくれることはありません。

消えないから残り続けて症状という形で自分に訴えかけてくるのです。

自分を認めるためにはどうすればいいのか?

○×をつけないことが前提

自分を認めるためにはまずジャッジしないことが必要となります。○でもなく×でもなく。

○×を付けていると自分の影に×を付けて否定してしまうことになりますので。

真面目に頑張るところもあるし、緊張して人と上手く話せないところもある。

ルールを守るところもあるし、完璧主義なところもある。

物事に対して深く考えるところもあるし、集中力がなくて飽き性なところもある。

人の目を気にするところもあるし、自己中で相手の気持ちを考えられないところもある。

世間一般や親の基準でこれが正しい、これが間違ってると物事に対して○×を付けてしまう癖がありますが、自分のことに対してはとくに○×という概念がありません。

自分を基準にして自分がどうかを考えたら○も×も付けようがないですからね。

自分の中にある影を認める

影を認めるためには日々感じる自分の本音をマイナス面も隠さず見ていくことからになります。

他人の態度に苛立つこともあるでしょう。

幸せな人を見て妬むこともあるでしょう。

嫌いな人を批判したくなることもあるでしょう。

面倒くさいからサボりたいと思うこともあるでしょう。

親切にしてもらっても鬱陶しいと感じることもあるでしょう。

自分より劣っていると思う人に優越感を感じることもあるでしょう。

自分を少しでもよく見せたいと思うこともあるでしょう。

ワガママな考えを持つこともあるでしょう。

どうしても割り切れずに親を許せない気持ちもあるでしょう。

「自分はそんな人間じゃない、そんなこと思うはずがないんだ」と否定したくなる気持ちが出てくることもあります。

嫌悪は不快感や胃がむかつくような感じを生じさせるため,そのような感情は無くなってほしいと思う人もいるかもしれない。しかし,進化論的な観点から見ると,基本感情の一つである嫌悪は,適応上必要なシステムとして危機を回避したり克服したりするために備わっている重要な感情である。したがって,その嫌悪感情を適切に感じ,それとつきあっていくことが大切であろう。

引用元:組織や集団内における対人嫌悪「イヤとキライ」の心理学、2016、機関誌「心理学ワールド」74号

それでも、「たしかにそういう面もあるな」と自分の影と向き合い続けることが自分を認めることにつながっていくのです。

無意識レベルで認めないようにしていることもある

自分を守るため無意識レベルで認めないようにしていることもあります。

私自身もカウンセリングを受けた中で、母親に対する恐怖心が強くあったこと、好き嫌いが激しくて自分から他人を拒絶していたこと、他人に対して怒りの感情を抱きやすかったこと、自己中心的で相手の気持ちを感じ取れていなかったこと等、初めて気付かされたことが多々ありました。

認めたくないこともありましたが、今では認めることができてよかったなと思っています。

自分の中にある嫌な面も認めることができれば改善していくことができますが、認めないままだといつまでたっても改善できないままになってしまいますからね。

例えば、渋滞に巻き込まれて飛行機に乗り遅れそうになっている場面を思い浮かべてください。

そのときに「1時間も余裕を持って出てきたのにこんなことになるなんてありえない!」とイライラしてばかりいるのが認めていない状態です。

何も解決に向かわないし、ただ疲れていくだけですよね。

認めることができれば「渋滞で遅れそうなことを前もって相手に伝えておこう」「遅れないために他の手段はないかな?」「遅れた場合のスケジュールを考えておこう」と今の状態でできる対処法が思いつく。

認めることによって地に足が着き状況を変えていけるのです。

無意識に認めていないことに気付くためのポイントは、「こんなこと思っちゃいけない」と自分で決めている禁止事項、症状があるからできないと思って諦めていること、世間一般から見て好ましくないこと、周りに相談したら「気にするな」と言われること等にあります。

嫌で仕方なかった自分の不器用さを認めることができた事例

具体例があったほうがわかりやすいと思いますので、実際に私が「不器用さ」という自分の影を認めることができたケースをお伝えします。

不器用で何をするにも人より時間がかかってしまう私は、小さい頃から「どんくさい」「遅い」と言われ続けてきました。

保育園の頃、祖父が迎えにきてくれたとき弟はすぐ出て行くのに、帰り支度に時間がかかる私はなかなか出られない。

小学生のときに付けられたあだ名は「トロ」、理由はみんなよりトロいから。

家庭科の縫い物、美術の作品、音楽のリコーダー…どれも居残りでやっとみんなに追いつくような状態でした。

飲食店のバイトでは要領が悪すぎて年下から邪魔者扱い。

本音と建前の使い分けができず上司と衝突してひどいパワハラを受け続けた経験もあります。

クレジットカードで買い物したときの署名にやたらと時間がかかったり、洗い物をしていたら妻に「ちょっとの洗い物にどんだけ時間かかってるんよ!」とイラつかれたこともありました。(私と正反対で妻はめちゃくちゃ器用です)

不器用でダメ人間。

私は自分のことをこう思っていました。

だから、いつも器用な人に憧れ、不器用な自分を変えよう変えようと必死だったのです。

不器用であるがゆえにどれだけ嫌な思い恥ずかしい思いをしてきたか、何でも当たり前にできる人にはわからないことだと思います。

不器用という性質を否定するからダメ人間になる

人それぞれ生まれ持った性質があります。

何でもパパッとこなす器用な人もいれば、私のように時間がかかってしまう不器用な人もいます。

一般的に見れば器用な人の方がいいに決まっているでしょう。

会社でも真面目に黙々と仕事を頑張る人より、上司に上手く取り入って要領よく仕事をこなす人の方が評価されやすいですからね。

「だから不器用な人も器用になりましょう」といって簡単になれるものではありません。

例えば1つずつしか作業をこなせない人が2つ以上の作業を同時に進められるようになるのは至難の業です。

周りからは馬鹿にされたり怒られたり、自分なりには精一杯頑張っているのになかなか評価してもらえない。

そんな状態が続くと自分の全てが否定されたような、まるで自分には生きる価値すらないのかと思うほどになります。

不器用な性質を周りから否定され、自分でも周りと比較して否定する。

「器用になりたいのになれない…不器用な自分は役に立たないダメ人間だ…」という考えになるのも当然でしょう。

不器用は本当にダメなのか?

実は不器用にもいい部分があったりします。

まずは隙があることで相手に安心感を与えられることです。

器用でなんでもソツなくこなして頭も良くて…なんて人とかかわったらプレッシャーを感じますが、不器用で何をやるにも時間がかかるような人なら自分も頑張らなくていいんだと思えます。

不器用ながらも頑張っていることが評価されることもありました。

最初に勤めた運送会社の面接では緊張で顔を真っ赤にして話もグダグダ。雇う側の都合も考えずただ自分を変えるために「営業がやりたい」と主張するような状態で内定をいただくことができたのです。

当時の私は面接で説教をされるほどひどい状態でしたが、それでも頑張りを評価していただいての採用だったと聞いています。

頑張ることによって周りに影響を与えることもありました。

器用な人が何かをこなしたとしても「あの人だからできるんだ」と切り離して考えます。

対して、不器用な人がこなしたら「自分にもできるかも」と思ってもらえたりするものです。

自分と同じ不器用な人の気持ちがわかるというのもあります。

器用にできる人は不器用な人の気持ちがなかなか理解できません。

できるのが当たり前の人には「できない」という概念がなく、「なぜこの人はできないんだろう」としか思えないですからね。

不器用でも適応していくことは必要

「不器用にもいい面があるからそのままでいいんだよ」と言いたいところですがそうはいきません。

期限のある仕事に「不器用だから時間が足りません」では通らないし、不器用だからといって周りの足を引っ張ってばかりでは嫌がられます。

自分はみんなよりも遅い。同じ作業を同じようにやれば2倍以上時間がかかってしまう。

不器用だと認識しているのならその場に適応できるようにしていく必要はあるのです。

  • 教えてもらったことを少しでも早く覚えられるように帰宅してからノートにまとめる
  • 作業時間を確保するために早歩きか走るかで移動時間を短縮
  • 一日にやらないといけない仕事をリスト化して優先順位付け、前倒しできる仕事は必ずやっておく
  • 早めに出勤、残業できるなら残業して周りより使える時間を増やす
  • 必要な書類がすぐ取り出せるようにレイアウトを工夫する
  • 不安や恐怖で頭が真っ白になってしまいそうなときは事前にメモを作成しておく

他にもいろいろありますが、不器用なりに私自身も適応するために試行錯誤してきました。

「よーいドン」で同じところからスタートしないように、一歩でも二歩でも事前準備しておくことを念頭に置いています。

まだまだ足りないところがいっぱいあって、いまだに怒られることもありますけどね(笑)

不器用な自分と上手く付き合っていくために

人はどうしても自分の物差しで測るところがありますから、自分ができることは相手も同じようにできると思って求めがち。

自分が1分でできたら相手も1分くらいでできるだろうと思うわけですが、不器用な人は倍以上かかってしまったり、場合によっては全くできないこともあったりするのです。

だから、相手を怒らせてしまうことや心配させてしまうことは日常茶飯事。

責められることもあれば自分がやった方が早いからと取り上げられてしまうこともあります。

そういう相手の反応で「自分ってこんなこともできないんだ。ダメだな。」と思ってしまうのは当然です。

しかし、そもそもの性能が違うからいきなり変えることはできません。

「みんなと同じようにしないと」と無理をするのではなく、不器用な自分なりのペースで頑張ることが大切だと思うのです。

他人のペースで頑張れば頑張るほど疲れ果てて、逆に何もできなくなっていきますからね。

そして、必要に応じて周りに助けを求めること。

何でもかんでも助けてもらうわけにはいきませんが、自分なりに頑張りながら足りない部分を補ってもらえるようにお願いすることも必要です。

自分だけで上手くこなせない部分があるから助けを求めざるをえないという感じでしょうか。

私自身も多くの方に助けていただいて何とかやってこれていると思っています。

不器用でダサい、上手くやろうとしてもやれないのが自分。別に不器用だからダメということはない。

正直言うと何でも器用にできる人を羨む気持ちはあります。

でも、不器用という性質がなくなったら自分じゃなくなるわけで。

否定されることもバカにされることもありますが、今は自分を構成してくれる大切な要素として認めています。

最後に

「自分を認める」というのがどういうことか少しわかっていただけたでしょうか?

言葉にするとすごく簡単になってしまうのですが、実際に認めたくないことを認めるのは大変です。

やってみたけど自分だけでは難しいという場合は、認めることができるようカウンセリングでサポートいたします。