神経質で小さなことを気に病むタイプの人ほど、無神経で何も気にしないタイプの人に憧れます。

「こんなこと気にしなけりゃいいだけ」と頭では理解しているのにどうしても気になってしまうの繰り返しだから嫌にもなりますよね。

私も無神経になりたいと思っていた人間ですからよくわかります。

でも、残念ながら神経質な人は無神経にはなれません。

対人恐怖症やうつを克服できたとしても、神経質に細かい面を気にする性質は変わらないのです。

神経質で小さなことを気に病むタイプの人はダメージを受けやすい

強く引っ張ってある糸は小さな衝撃で振動しますし、刃物を突き立てるとすぐに「プチッ」とちぎれます。

逆に、緩く引っ張られた糸は小さな衝撃で振動することはなく、刃物を突き立ててもなかなかちぎれません。

この糸の原理は人の心にも共通するのではと感じています。

何かしら頑張らないといけない理由があって張り詰めた気持ちになっている人は些細なことにでも敏感に反応してしまう。

キツイ言葉をかけられて「プチッ」と気持ちが切れてしまうこともあります。

逆に、心にゆとりがある状態の人は些細なことは気にせず、キツイことを言われても聞き流すことができる。

前者の張り詰めた気持ちの人というのが、神経質で小さなことを気に病む人。

張り詰めた気持ちになっているから些細なことにでもダメージを受けやすく、相手からすればキツく言ったつもりのない言葉にまでダメージを受けてしまう。

さらに、「もしかしたら」という仮定にまで神経を尖らせているため、余計に張り詰めた心はダメージを受けやすくなります。

何気ない一言だから相手からすると「なぜ急に落ち込んだんだろう?」とわけがわからなくなることもありますが、その何気ない一言にも敏感な心理状態だから反応してしまうのです。

対人恐怖症を克服して気付いた「無神経にはなれない」という事実

今でも私はどちらかというと神経質なタイプなので、ダメージは受けやすいです。

自分の中にある弱い部分を見せないように振舞っているところもありますし、何かのキッカケで弱い部分に触れられるとダメージを受けてしまいます。

亡くなった祖母、伯父のことを何年も引きずっていました。

些細なことで言うと、自分で切ったキャベツの千切りをこぼしただけで結構ショックを受けます。

この性分によって今までは回避を繰り返し、気付いたら対人恐怖症になっていたという感じです。

今でも生まれつきの性格は変わっていないので、憧れていた無神経な人間にはなっていません。

ただ、どんなに自分がダメージを受けるだろうことでも、前に進む上で必要だと思ったことからは逃げないようになったところが大きく変わったなと思っています。

対人恐怖症で悩んでいた頃は「できない理由」を考えることが得意でしたが、今は「どうすればできるか」を考えるようになったという点で考え方も180°変わりました。(これは対人恐怖症を克服された方全員の共通点です)

不器用なのでどうしてもダメージを受けやすい選択をしてしまいますが、「自分がどうしたいか、どうなりたいか」とちゃんと向き合って逃げずにダメージを受けにいきます。

弱い人間には弱い人間なりの生き方がある

やろうと決めたことがなかなか続かなかったり、つい怠けて無駄な時間を過ごしたり、朝ギリギリに起きて仕事に行ったり、誰かが怒鳴ってるのを見てビクビクしたり、ちょっとキツく言われただけでめちゃくちゃダメージ受けたり…

弱い人間のメンタルは豆腐メンタルなんて呼ばれたりもしますが、本当にもろくて崩れやすいです。

私自身も豆腐メンタルですから、威圧的な態度をとる人や細かいミスをしつこく指摘してくる人は避けたくなります。

それでも、私は生活に支障をきたすことなく生きることができているのは、自分が弱い人間だと認めているからではないかと思っています。

弱い人間だからサポートしてもらえるように頼む、弱い人間だからキツく言われたときに自分の中で納得できるまでちゃんと向き合って考える、弱い人間だから弱音を吐く、弱い人間だからできないことは引き受けない、弱い人間だからダメージを受けたら誰かに回復させてもらう…

頑張って強がったとしても弱い自分は変わりません。

自分には神経質なところがあってどうしてもダメージを受けやすい。弱さがある。

「そんな自分は嫌だ」と思うかもしれませんが、「そういうところもあるかもな」と少しずつ向き合っていきましょう。

大切なのは目の前の問題から逃げるか逃げないか

弱い人間だからダメ。人より能力が劣っているからダメ。不器用だからダメ。みんなと違うからダメ。

何がダメかなんてわかりません。

もし、ダメだと言われても、それが自分だったなら受け入れて、「どうすれば自分の人生を自分らしく充実させられるか」を考えて目の前に出てくる壁を突き破っていけばいいのです。

不安や迷い、悩み、悲しみ、苦しみ、辛さは対人恐怖症がなくなっても付きまといます。

そこから逃げ続けるのか、向き合って解決していくのか。

逃げてもつらいし、向き合ってもつらいですが、向き合えば自分自身を成長させることができ、同じ壁に苦しむことはなくなります。

それを死ぬまで繰り返すことが人生であり、その過程に喜び、楽しみ、幸せがあるんだなと感じています。

まだまだ私自身足りない部分は多いですが、自分の成長を実感していますし叶えたい目標もありますので、諦めずにダメージを受けながらでも前進を続けているのです。

⇒「神経質な自分を変えたい!」対人恐怖症を克服するカウンセリング