私は幼い頃から怖がりで、人と関わることが苦手でした。
小学校ではいじめや劣等感に苦しみ、中学時代には声へのコンプレックスから人前で話すことが難しくなり、高校時代には対人恐怖症が深刻な状態になりました。
周りの人が当たり前にできることができない。友達と話したいのに話せない。人の輪に入りたいのに、どうすればいいのかわからない。
そんな自分を責めながら、長い間、人間関係に苦しんできました。
社会人になってからは人と普通に話せるようになった時期もありましたが、職場での経験をきっかけに再び悪化したこともあります。その後、人との関わりを取り戻し、心理学を学ぶなかで、自分の心への理解を深めていきました。
現在は、人間関係の悩みを抱える方々のカウンセリングを行っています。
ここでは、私がどのような経験をしてきたのか、対人恐怖症がどのように深まり、何が変化のきっかけになったのかを振り返ります。
目次[閉じる]
幼少期|怖がりで、人と関わることが苦手だった
音やにおいに敏感で、不安が行動を左右していた
私は奈良県天理市で、3人兄弟の長男として生まれました。
生まれてすぐの頃から音に敏感で、襖を閉める音で泣くほどだったそうです。においにも敏感で、車の芳香剤で気分が悪くなったり、父親のたばこを嫌がったりすることもありました。
また、小さな子どもが喜ぶはずの「高い高い」を怖がるほどの怖がりでした。初めて経験することに危険を感じると、やる前から「できない」と諦めてしまうことも少なくありませんでした。
保育園に通うようになっても人見知りが強く、友達と話せず、一人で砂場で遊んでいることが多かったのを覚えています。
人よりできないことが多く、劣等感を抱いていた
運動が苦手で、走るのも遅く、竹馬や一輪車にも乗れませんでした。自転車に補助輪なしで乗れるようになったのも、小学校高学年になってからです。
幼いながらも、「人より運動ができない」「動作が遅い」「怖がり」という劣等感を抱いていました。
自分がうまくできないことをわかっていたので、ゲームでは弟のサポート役に回り、ゴーカートでは運転が上手な子の隣に乗るなど、自分が中心にならずに済む方法を選んでいました。
一方で、少しでもうまくできないとイライラして泣き出したり、途中まで作ったものを壊したりすることもありました。
今振り返ると、できない自分を見せることへの抵抗が強かったのかもしれません。うまくできないことを受け入れられず、悔しさや不安をうまく処理できなかったのだと思います。
家族の期待に応えようとする気持ち
両親は頻繁に夫婦喧嘩をしており、私は父親を頼りないと感じていました。そのため、「長男として自分がしっかりしなければ」という責任感を抱いていたように思います。
弟が生まれてからは「お兄ちゃん」としての役割を求められ、以前のように甘えることも難しくなりました。
また、歩けるようになるのが遅かったこともあり、母親や祖父母から心配され、過保護に育てられた面もありました。
大人になってから当時を振り返るなかで、私は自分の限界を超えてでも、相手の期待に応えなければならないと感じていたのではないかと思うようになりました。
もちろん、幼少期の経験だけで現在の性格や対人恐怖症の原因をすべて説明できるわけではありません。ただ、周囲を失望させることへの不安が、私の行動に影響していた可能性はあると感じています。
小学校時代|いじめと劣等感に苦しんだ日々
低学年|いじめを受け、自分には価値がないと感じていた
引っ越しによって校区が変わり、知らない子どもたちばかりの小学校に入学しました。
当時は運動ができる男子がもてはやされる環境で、運動が苦手で動作も遅かった私は、いじめの標的にされました。後ろから突き飛ばされたり、石を投げられたり、怖い本を見せられたりして、毎日のように泣いていた記憶があります。
班やスポーツのチームを決めるときも苦痛でした。「はないちもんめ」で最後まで残ったときの周囲の反応や、遠足のお弁当の時間に一人になり、誰かに同情して一緒に食べてもらうことが、恥ずかしくて仕方ありませんでした。
自分には何の取り柄もないと思っていたため、自画像を描くことさえ嫌で、泣いてしまったこともあります。
周りの子どもたちが自然にできることができない。そのたびに、自分はほかの人より劣っていると感じていました。
高学年|人間関係の中で自分を守ることに必死だった
小学校高学年になると、友達との関係にも変化がありました。
自分を好きになってもらえる自信がなかった私は、ゲームができることをきっかけに友達を作ろうとしたことがあります。仲良くなりたい気持ちはあっても、自分自身を受け入れてもらえるとは思えなかったのです。
また、友達との関係は対等とは言い難く、いつも相手が上で自分が下という感覚がありました。
自分が見下されることを恐れる一方で、自分より立場が弱いと感じた相手に対して、見下すような態度を取ってしまったこともあります。
今振り返ると、当時の私は自分を守ることに必死だったのだと思います。
人からどう思われるかを気にしていたからこそ、周囲の目が気になり、他人の評価によって自分の価値が決まるように感じていました。
感情を抑え込み、限界になると爆発していた
家庭や学校では、思ったことを自由に表現できない場面も多くありました。
普段は感情を抑えていても、納得できないことがあると激しく怒ってしまうことがありました。実際、小学校時代には、クラスメイトから責め立てられたことをきっかけに激怒し、担任の先生に椅子を投げつけようとしたこともあります。
当時の私は、自分の気持ちを落ち着いて伝えたり、相手に理解してもらえるように説明したりすることが苦手でした。
嫌なことがあっても我慢する。限界になると感情が爆発する。そして、そんな自分をまた責める。
今振り返ると、自分の感情をどう扱えばいいのかわからず、苦しんでいたのだと思います。
中学時代|声へのコンプレックスから人前で話せなくなる
声変わりをきっかけに、自分の声が嫌いになった
中学2年生の頃は、勉強も比較的うまくいき、友達もできて、学生生活のなかでは楽しい時期でした。
しかし、声変わりをきっかけに状況が変わります。
それまでは歌うことが好きで、音楽の授業でも大きな声を出していました。ところが、声変わりをしてから自分の声に強いコンプレックスを抱くようになり、人前で声を出すことが難しくなっていきました。
家族とのカラオケでも以前のように歌えず、自分の声を気持ち悪いと感じるようになりました。
自分の声が周囲にどう聞こえているのかが気になり、声を出すことそのものが怖くなっていったのです。
人と話せなくなり、クラスで孤立する
中学3年生になると、クラスで誰とも話せなくなり、次第に孤立していきました。
声が出ない私に質問を投げかけ、リアクションを引き出して輪に入れてくれる友達もいました。どんな形であれ、集団の中に居場所があることは救いでした。
しかし、本当は普通に話したいのに話せない。友達と仲良くなりたいのに、自分から関わることができない。
そんなもどかしさを抱え続けていました。
周囲からからかわれたり、陰口を言われたりすることもありました。自分が集団の中で浮いていることはわかっていましたが、どうすれば状況を変えられるのかがわかりませんでした。
人と関わることへの不安が強まり、自分の存在そのものに自信を持てなくなっていった時期でした。
高校時代|対人恐怖症が深刻になり、日常生活も苦しくなる
人目が気になり、当たり前のことができなくなった
高校に入る頃には、対人恐怖症が深刻な状態になっていました。
毎朝、通学途中に駅のトイレで下痢や嘔吐を繰り返し、緊張のあまり意識を失って保健室に運ばれたこともあります。
周囲の目が気になりすぎて、学校の売店でパンを買うことができませんでした。人通りの少ない場所で自動販売機からジュースを買うことさえ難しかったのです。
周りの人にとっては何でもない行動でも、私にとっては大きなハードルでした。
教科書や体操服を忘れたとき、ほかのクラスの人に借りに行くこともできませんでした。そのため、忘れ物をしないように気をつけていても、不安や恐怖で頭がいっぱいになり、かえって忘れ物をしてしまうという悪循環に陥っていました。
自分を責め続け、将来に絶望していた
高校時代は、周囲の友達が恋愛やアルバイト、友人との遊びを楽しんでいる時期でした。
そんな姿を見ながら、私は人と話すことすらできず、普通の高校生活を送れない自分を責めていました。
学校では声が出せない状態になり、先生から人前で話すように求められても、赤面したまま立ち尽くすことしかできませんでした。同級生から陰口を言われることもあり、人間関係への恐怖はますます強くなっていきました。
「自分は何をやってもダメだ」「周りに迷惑をかけている」「生きている価値がない」。
当時は、そんな思いにとらわれていました。
夜遅くまでラジオを聴いたり、テレビゲームをしたりして現実から逃れようとしていましたが、ふと自分の状況を考えると、どうしようもない怒りや虚しさに襲われることもありました。
人と話したい、友達が欲しい、恋愛もしてみたい。
本当はそう願っているのに、行動に移せない。その苦しさを誰かにうまく伝えることもできませんでした。
専門学校時代|他人の期待ではなく、自分の人生を考え始める
高校を卒業した私は、親から勧められた専門学校に進みました。
入学当初は「自分を変えよう」と決意し、クラスメイトに話しかけていました。しかし、数か月もすると、また誰とも話せない状態に戻ってしまいました。
勉強だけは何とか頑張り、全国トップの成績を取ったこともありましたが、会計士を目指すコースの勉強は次第に難しくなり、自分の拠り所だった勉強でも自信を失っていきました。
このまま人とまともに話せない状態で社会人になり、将来もずっと苦しみ続けるのだろうか。
そもそも、会計士になるという目標は自分で選んだものではありませんでした。
私は両親に泣きながら学校を辞めたいと伝え、進路を変えることを決意しました。
自分の本音に気づき、人生を変えたいと思った
学校を辞める決断をしたとき、それまで心の奥に押し込めていた気持ちがあふれてきました。
人と普通に話せるようになりたい。友達が欲しい。恋愛もしたい。自分を変えたい。
私はずっと、周囲の期待に応えることや、他人からどう思われるかを気にして生きてきました。しかし、本当に望んでいたのは、自分自身の人生を生きることだったのです。
進路を変えることに反対する大人から「逃げるな」と言われたこともありました。
けれど、自分が本当に望む方向へ進むために、他人の期待に応えることをやめるのは、必ずしも逃げではありません。
この経験は、自分の人生を自分で選ぶための大きな転機になりました。
また、アーティストの中島卓偉さんの楽曲にも大きな影響を受けました。自分には可能性があるのかもしれない。決められた未来を変えていけるのかもしれない。そんな希望を持てるようになったのです。
私は、自分を変えたいという思いから、あえて人と話さなければならない営業職を目指しました。
社会人時代|改善と悪化を繰り返しながら、人との関わりを取り戻す
営業職への挑戦で、人と話せるようになった
新卒で入社した運送会社では、研修でリーダーに立候補しました。
それまで人からどう思われるかを気にしてばかりいた私ですが、リーダーとして行動しなければならない状況になったことで、周囲の目を気にする余裕がなくなりました。
すると、同僚と普通に話したり、一緒に遊びに行ったり、飲みに行ったりできるようになったのです。
営業成績も良く、上司から評価されることもありました。
ただし、人との関わりに対する不安が完全になくなったわけではありません。職場で仕事をしているときは話せても、事務所に戻ると孤立しがちでした。
それでも、以前はできなかったことができるようになった経験は、自分にとって大きな自信につながりました。
職場でのハラスメントによって、再び対人恐怖症が悪化する
その後、不動産投資のベンチャー企業に転職しましたが、そこでは上司からのパワハラや暴力が日常的にありました。
長時間にわたって立ったまま説教を受け、人格を否定する言葉を浴びせられたり、暴力を受けたりすることもありました。
次第に上司への恐怖が強まり、腹痛に苦しみ、電話で話すことさえ難しくなっていきました。
人からどう思われるかが気になり、何か変なことを言えば怒られるのではないかと考えてしまう。声が震えて、うまく話せないこともありました。
せっかく人と話せるようになったと思っていたのに、再び対人恐怖症が悪化し、うつ状態にもなってしまいました。
その後、別の会社に転職しましたが、コミュニケーションがうまく取れず、仕事も思うようにいきませんでした。
一人の同僚の助言が、変化のきっかけになった
外資系の損害保険会社で働いていた頃、私は同僚との交流をほとんど持てず、職場で孤立していました。
そんなとき、成績優秀な同僚から声をかけられました。
「いつも飲み会にも参加しないし、挨拶もしないよね。難しいかもしれないけど、話しやすい人とだけでいいから、付き合いをしていくようにした方がいいよ」
その言葉は、当時の私の心に深く響きました。
それまでは、周囲から何かを言われても素直に受け入れられないことが多かったのですが、このときは「その通りだな」と思えたのです。
その後、私は転職先の同僚や上司と飲みに行ったり、以前の職場で話しやすかった人に連絡を取ったりするようになりました。
もちろん、断られるのではないかという不安はありました。それでも勇気を出して連絡してみると、「びっくりしたけど嬉しかった」と言ってもらえたこともありました。
そうした経験を積み重ねるなかで、人との接し方やコミュニケーションの取り方を少しずつ取り戻していきました。
人と関わることへの恐怖が薄れ、友達ができる自分に自信を持てるようにもなりました。
私にとって、対人恐怖症を克服する大きな転機となった経験です。
心理学との出会い|自分の心を理解することの大切さ
自分の感情をコントロールできるようになった
人との関わりを取り戻した後も、職場の人間関係に悩むことはありました。
上司と部下の関係が悪く、双方から相談を受けて板挟みになり、ストレスが限界に達して過呼吸で倒れたこともあります。
そんなときに出会ったのが、心理学に関する一冊の本でした。
その本をきっかけに、日本メンタルヘルス協会で心理学を学び始めました。
学んだ内容を職場で実践し、自分の感情や人間関係について理解を深めていくなかで、少しずつ自分の心をコントロールできるようになっていきました。
以前なら感情に振り回されていた場面でも、落ち着いて対応できるようになり、対立する上司と同僚の間に立って調整役を担えるまでになりました。
人との関わりの中で、自分への理解が深まった
心理学を学び、カウンセリングの研修に参加するようになってからも、さまざまな気づきがありました。
自分では理解しているつもりだった過去の出来事も、ほかの人と話したり、自分の気持ちを言葉にしたりすることで、違った見方ができることがありました。
また、カウンセリングを受けるなかで、子どもの頃に感じていた孤独や悲しみに改めて気づくこともありました。
当時はつらい気持ちを表に出せず、我慢するしかなかったのかもしれません。大人になってから過去を振り返ることで、当時の自分がどれほど苦しかったのかを理解できるようになりました。
一人で考え続けていても気づけないことが、人との関わりの中で見えてくる。
この経験は、カウンセリングという仕事を考えるうえでも、大切な学びになりました。
心理学との出会い|カウンセラーになることを決意する
人間関係の問題によって苦しんできた私は、自分と同じように心の問題で悩んでいる人を助けられる仕事がしたいと思うようになりました。
そうして2010年、カウンセラーとして起業することを決意しました。
ただし、カウンセラーになると決めたからといって、すぐに仕事として成り立つわけではありません。心理学の勉強を続けながら、研修やカウンセリングに参加し、実践的な経験を積んでいく必要がありました。
2014年にカウンセリングの仕事だけで生計を立てられるようになるまでの4年間は、派遣社員や契約社員として働きながら、勉強や研修への参加、カウンセリングを並行して続けていました。
ここでは、カウンセラーになる過程で参加したPCA(人間中心療法)のワークショップや、自分自身がカウンセリングを受けた経験について紹介します。
PCAワークショップで学んだこと
1回目|カウンセラー自身が自分を知ることの大切さ
初めてロジャーズのPCA(人間中心療法)のワークショップに参加しました。
最初は、参加者同士がお互いを感じ合うことを目的としたディスカッションが行われました。特に決められたテーマはありませんでしたが、よく話す人もいれば、ほとんど話さずに聴いている人もいて、それぞれの個性が表れていました。
カウンセラーとして活動している人や、これからカウンセラーを目指す人たちの話を聴くなかで、カウンセリングを必要としている人と、カウンセリングを仕事にしたい人との間には、さまざまな課題があることを知りました。
また、カウンセラーとして独立して生計を立てることの難しさについても話題になりました。
そのなかで印象的だったのは、カウンセラーを目指している人の多くが、自分自身でカウンセリングを受けた経験を持っていなかったことです。
私自身も、その月からカウンセリングを受け始めたばかりでした。
カウンセラーになるためには自分もカウンセリングを受けた方がいいと勧められたものの、最初は抵抗がありました。自分では対人恐怖症を克服したつもりだったので、改めて自分を見直すことや、第三者から何かを指摘されることが怖かったのだと思います。
しかし、カウンセラーとして人の心に関わるのであれば、自分自身を理解することも大切です。
帰り道に一緒になったカウンセラーの方から、「カウンセラーは自分自身を知ることで、クライアントさんに寄り添う力がついてくる」という趣旨の話を聞き、強く印象に残りました。
自分自身の心を理解することと、他者の心を理解することは無関係ではありません。自分の感情や価値観、苦手なことを知ることが、相手を理解するための土台になるのだと感じました。
2回目|頭で聴くことと、心で聴くことの違い
2回目のワークショップも、参加者同士で話し合う時間が中心でした。
前回、次回はカウンセリングのロールプレイをすると聞いていたため、実践練習を期待していた私は少し拍子抜けしました。
話し合いでは、カウンセラーとして独立することの難しさや、臨床心理士などの資格の必要性といった、どちらかといえば否定的な話題が多くなっていました。
そんななか、一人の女性が目を閉じていたため、私は疲れているのだろうと思っていました。
ところが、実際にはその方は周囲の話をしっかり聴いていたのです。
ほかの参加者が、発言を頭で理解して解決策を考えたり、自分の意見を述べたりしていたのに対し、その女性は、発言した人がどのような思いで話しているのかを感じ取ろうとしていました。
同じ話を聴いていても、何が語られたかを理解することと、その人がどのような気持ちで語っているかを理解することは違います。
カウンセリングでは、すぐに解決策を提案するのではなく、まず相手が何を感じ、何に苦しみ、何を伝えようとしているのかを理解することが大切です。
私はこのとき、相手の話を聴くということについて、改めて考えさせられました。
3回目|共感が相手に伝わるためには
3回目のワークショップでは、初めてロールプレイが行われました。また、参加者によるスピーチもありました。
スピーチをされたのは、親の介護に苦労された経験を持つスクールカウンセラーの女性でした。カウンセラーになった経緯や、障害者施設・介護施設を見学して感じた現場の厳しさなどを話されていました。
介護や医療の現場について、自分が想像していた以上に厳しい現実があることを知り、実際に経験してきた人の話を聴くことの大切さを感じました。
ロールプレイでは、聴き手役の共感が十分に伝わっていないことが指摘されていました。
私自身も以前のワークショップで同じような指摘を受けていたため、特に注意して聴いていました。
相手の話を繰り返す「オウム返し」や、内容を整理して返す要約は、単なる技法ではありません。クライアント役の人が「自分の話が伝わっている」と感じるための、大切な手がかりになります。
ただし、どの程度繰り返し、どのように言葉を返せばよいのかは、簡単には判断できません。相手の話をそのまま返すだけでは不自然になることもありますし、要約しすぎると本人の気持ちを取りこぼしてしまうこともあります。
相手の気持ちを理解することと、それが相手に伝わることの両方が必要なのだと学びました。
また、参加者の多くが私よりも年上だったことも印象に残っています。
「そのままの自分を受け入れられるようになったのは、年の功かな」という趣旨の話を聞き、自分も年齢を重ねるなかで、少しずつ自分自身を受け入れられるようになりたいと思いました。
4回目|相手の話を聴きながら、その人自身の気持ちを理解する
4回目のワークショップでは、私がカウンセラー役を担当し、70代の男性がクライアント役になりました。
その方は、自分の経験や周囲の人について、次々と話をされる方でした。
私は話を聴きながら、出来事そのものだけでなく、この方自身がそれをどう感じているのかを理解しようと努めました。
終了後の評価では、「話しやすかった」「聴いてもらえている感じがした」という感想をいただきました。
一方で、「その出来事について、本人がどう感じたのかを、もう少し踏み込んで聴いた方がよかった」という指摘も受けました。
話の内容を追うことはできても、そこにある感情や意味を十分に理解できているとは限りません。相手が話してくれたことをきっかけに、本人の気持ちに焦点を当てていく必要があるのだと感じました。
このとき、もう一つ印象的な出来事がありました。
ロールプレイの後、現役のカウンセラーたちがクライアント役の男性に対して、本人のプライドや固定観念に踏み込むような厳しい言葉をかけ始めたのです。
私は、そのやり取りに驚きました。
帰り道に、特に厳しい言葉をかけていた方に理由を尋ねると、相手が自分自身の壁を破ろうとしていることを感じたから、という趣旨の説明がありました。
この経験を通して、相手を支援することについて考えさせられました。
相手を尊重することは大切ですが、ただ優しく接することだけが支援ではありません。一方で、厳しい言葉をかければよいというわけでもありません。相手の状態や関係性、その言葉がもたらす影響を考える必要があります。
相手の気持ちを理解しようとすることと、変化を支えるために必要な関わりを考えること。その両方について学んだ、印象深いワークショップでした。
5回目|自分の過去を語ることで見えてくるもの
5回目のワークショップでは、私が参加者の前でスピーチをする番になりました。
30分以上話す必要があったため、何を話そうか考えた末、自分の過去を振り返って話すことにしました。
人とまともに話せなかった自分が営業職に就いたこと、営業の現場で苦労したこと、上司とぶつかった経験、娘の手術など、それまでの人生で経験してきた出来事を語りました。
自分のプロフィールを考えたり、過去を振り返ったりすることはあっても、これほど長い時間をかけて、自分の人生を人前で話す機会はありませんでした。
話をしているうちに、自分でも改めて気づくことがありました。
過去の出来事は、頭の中で思い出すだけでは、いつもと同じ見方になりがちです。しかし、人に伝えるために順序立てて話してみると、当時は気づかなかったことや、今だからこそ理解できることが見えてくる場合があります。
自分の人生を振り返り、言葉にして誰かに伝えることには、自分自身への理解を深める意味があるのだと実感しました。
人はそれぞれ、さまざまな経験を重ねて生きています。普段は意識していなくても、その経験の中には、その人らしさや大切にしていること、繰り返している人間関係のパターンを理解する手がかりがあるのかもしれません。
6回目|自分が期待していたことと、実際に学べることの違い
6回目のワークショップでは、一人の女性が、当初聞いていた内容と実際の進め方が違うと感じ、先生に強く意見を伝える場面がありました。
その方は、カウンセリングの実践練習をもっとできると思って参加していたそうです。しかし、実際にはエンカウンターと呼ばれる、参加者同士の交流や自己理解を深めるための時間が中心になっていました。
私自身も、カウンセリングのロールプレイをもっと経験したいという思いはありました。実際、この時点で実践練習の機会は限られていました。
一方で、私は毎回、自分自身について大きな気づきを得られていたため、ワークショップの内容に大きな不満は感じていませんでした。
この経験から、同じ研修に参加していても、何を期待しているかによって受け止め方は異なるのだと感じました。
実践的な技術を身につけたい人もいれば、まず自分自身を理解したい人もいます。どちらが正しいということではなく、目的によって必要な学びは異なります。
カウンセラーとして活動するためには、技法を身につけることだけでなく、自分自身の感情や価値観、他者との関わり方を理解していくことも必要なのだと考えるようになりました。
自分自身がカウンセリングを受けて気づいたこと
カウンセリング1回目|自分では乗り越えたと思っていた過去
カウンセラーの方々から、自分自身もカウンセリングを受けた方がよいと勧められ、定期的にカウンセリングに通い始めました。
最初は、カウンセラーになるために必要だから受ける、という気持ちもありました。「教育分析」という言葉に、何か専門的で立派なことをしているような印象を持っていた部分もあります。
しかし、実際にカウンセリングを受けるうちに、その目的は変わっていきました。
私は、自分がなぜ人と話せなくなったのか、どのように乗り越えてきたのか、そして、本当に乗り越えられているのかを、もっと深く知りたいと思うようになりました。
自分自身のことであっても、一人で考えているだけでは気づけないことがあります。自分の考え方や感情には、自分では当たり前すぎて見えなくなっている部分があるからです。
初回のカウンセリングで特に心が動いたのは、学生時代にクラスの輪に入れなかった経験を話したときでした。
私は、小学校や中学校でグループを作るとき、社会見学や修学旅行の班を決めるとき、いつも最後まで残されていました。
誰かが同情して入れてくれるのか、先生が指示してどこかのグループに入れてくれるのか。それを待つしかありませんでした。
本当は友達と一緒にいたいのに、自分から関わることができない。周囲の人たちが自然にグループを作っていくなかで、一人だけ取り残される。
その時間は、本当につらく、みじめでした。
当時は、そんな自分を責めることばかり考えていました。悲しくても、その場で泣くことはできず、気持ちを押し込めていたのだと思います。
カウンセリングでその話をしていると、当時の悲しみが改めてこみ上げ、泣きそうになりました。
自分では過去のこととして整理できていたつもりでしたが、実際には、当時の気持ちを十分に振り返る機会がなかったのかもしれません。
この経験は、自分自身を理解することの難しさと、誰かに話を聴いてもらうことの意味を考えるきっかけになりました。
カウンセリング2回目|過去の経験をさらに振り返る
カウンセリングを継続するなかで、私は自分の過去や人間関係について、さらに振り返っていくことになりました。
対人恐怖症を克服したと思っていても、過去の経験が自分の考え方や感情にどのような影響を与えているのかは、簡単には理解できません。
人からどう思われるかを気にしてしまうこと。自分の気持ちよりも相手の期待を優先してしまうこと。人との関係で傷つくことを恐れて、関わること自体を避けてしまうこと。
そうした自分の傾向を、過去の経験と照らし合わせながら考えていくことは、自分自身への理解を深める機会になりました。
※当時の記録に残っている具体的な内容については、元の記録に沿って掲載することが大切です。記録にない出来事や気づきを、後から事実として付け加えることは避けます。
研修とカウンセリングを通して学んだこと
PCAワークショップへの参加や、自分自身がカウンセリングを受けた経験を通して、私はカウンセラーに必要なものは、知識や技法だけではないと感じるようになりました。
相手の話を聴くとき、すぐに解決策を考えるのではなく、その人がどのような気持ちで話しているのかを理解しようとすること。
相手を理解しようとする一方で、自分自身の価値観や感情が、相手の話の受け止め方に影響していないかを振り返ること。
そして、相手の話を聴くことを通して、自分自身についても新たな気づきを得ること。
これらは、研修で教わった知識としてだけでなく、実際の体験を通して考えるようになったことです。
私自身、対人恐怖症に苦しんでいた頃は、自分がなぜ人と話せないのか、どうすれば変われるのかがわかりませんでした。
だからこそ、今、人間関係に悩んでいる方と関わるときには、表面に現れている問題だけでなく、その人が何を感じ、何を恐れ、どのような経験を重ねてきたのかにも目を向けたいと考えています。
対人恐怖症の克服体験から伝えたいこと
克服は一直線に進むわけではない
私の対人恐怖症は、ある日突然なくなったわけではありません。
人と普通に話せるようになった時期があれば、職場での経験によって再び悪化した時期もありました。改善と悪化を繰り返しながら、少しずつ人との関わりを取り戻してきたのです。
そのため、一度うまくいかなくなったからといって、それまでの努力がすべて無駄になるわけではないと思っています。
以前できていたことが難しくなったとしても、それは必ずしも振り出しに戻ったことを意味しません。置かれた環境や心身の状態によって、人との関わり方が変わることもあります。
私自身の経験が、すべての方に当てはまるわけではありません。対人恐怖症の背景や症状、改善に必要なことは一人ひとり異なります。
それでも、改善と悪化を繰り返しながら変化していく道もあるということを、知っていただけたらと思います。
人と話せない自分を責めるだけでは苦しさは解決しない
私は長い間、人と普通に話せない自分を責め続けてきました。
周りの人ができることができない。人の輪に入れない。自分から話しかけられない。
そうした自分を変えたいと思う一方で、どうすれば変われるのかがわかりませんでした。
しかし、振り返ってみると、私に必要だったのは、できない自分を責め続けることだけではなかったのだと思います。
なぜ人が怖いのか。何を恐れているのか。どのような場面で不安が強くなるのか。自分は本当は何を望んでいるのか。
そうしたことを理解し、無理のない範囲で人との関わりを積み重ねていくことが、私にとって大切でした。
人と話せないことには、さまざまな背景があります。単純に努力が足りないからでも、性格が悪いからでもありません。
自分を責めるだけでなく、自分の心に目を向けることも、変化への一歩になるのではないかと思います。
対人恐怖症や人間関係の悩みを一人で抱えている方へ
私自身、人と話せないことや、周囲の目が気になることに長い間苦しんできました。
友達が欲しいのに話しかけられない。人の輪に入りたいのに入れない。人からどう思われているかが気になって、自分らしく振る舞えない。
そんな苦しさを抱えている方の気持ちは、私自身の経験を通じて理解できる部分があります。
ただし、私と同じ方法で克服できるとは限りません。大切なのは、自分の悩みや置かれている状況を理解し、自分に合った方法を見つけていくことです。
カウンセリングでは、今抱えている悩みだけでなく、その背景にある気持ちや人間関係のパターンについても一緒に考えていきます。
「人と話せるようになりたい」「人の目を気にせずに過ごしたい」「人間関係の苦しさから抜け出したい」。
そんな思いを抱えている方は、一人で抱え込まずにご相談ください。
私自身の経験と、心理学を学び実践してきた経験を活かしながら、あなたが自分らしく人と関われるようになるためのお手伝いをしたいと考えています。
西橋康介
