古宮昇先生 ≪ プロフィール ≫

米国州立ミズーリ大学コロンビア校より心理学博士号取得。

米国ノース・ダコタ州立ヒューマンサービスセンター子ども課常勤心理士、 南ミシシッピ心理コンソーシアム・インターン心理士 ミズーリ大学コロンビア校心理学部非常勤講師、等を経て、

現在 大阪経済大学 人間科学部 教授 および NPOストレス・カウンセリング・センターのカウンセラー(臨床心理士)

講演・セミナー講師実績200件以上

【著書】

  • 「心理療法入門」(創元社 2001)
  • 「しあわせの心理学」(ナカニシヤ出版 2003)
  • 「大学の授業を変える:臨床・教育心理学の知見を活かした、教える授業から学びを生む授業へ」(晃洋書房 2004)
  • 「やさしいカウンセリング講義」(創元社2006)
  • 「傾聴術 ~ 一人で磨ける聴く技術」(誠信書房 2008)
  • 「こころの症状はどう生まれるのか ~ 共感と効果的な心理療法のポイント ~」(岩崎学術出版社 2011)

http://noborukomiya.seesaa.net/

根本的な対人不信

― 人間関係で悩む人の背景には何があるのでしょうか?

人と話すのが苦手というのには二つ側面があります。

一つ目は技術、経験が足りないという面です。 技術が足りないから上手くできないという部分があるので、練習すれば上達するものではあります。話し方教室、本などで練習すれば人と話すのが上手になる部分はあると思います。

二つ目は心理的、情緒的な面です。 私の仕事柄、心理的な仕事をしてますので、こちらが重要に見えてくるんですね。 人との交流が苦手、会話が苦手、何を話していいか分からない、そう感じる人のかなり多く(7~8割以上)は単なる会話の技術や経験が足りないという部分ではありません。

そもそも、なぜ会話の技術や経験が少ないかと言うと、私の経験から推測して根本的な人への不信感や警戒心が原因ではないかなと思っています。 そのままにしておいて技術だけを学ぶことで上達する人、マシになる人もいると思います。根本的な対人不信感、警戒心が少ない人であればある程度学べば解決できる部分はあるでしょう。

ただ、そういう人であっても、学ばないよりは良いでしょうが、根本的な対人不信感、警戒心がある限り、人と会話はできるようになっても、人と分かり合ったり、つながったり、分かち合うことで豊かな人間関係を作って人生を楽しむのは難しいのではないかと思います。

心の奥底にしまわれた怒り

― その根本的な対人不信はどこからくるのでしょうか?

人との交流が苦手、会話が苦手、何を話していいか分からない、頭が真っ白になる、引っ込み思案、人見知りといった人の根本にある対人不信、実はキーポイントは「怒り」なんですよ。

― 怒り?

怒りとか攻撃心とか腹が立つとか。 対人不信感、警戒心で悩んでいる人の場合、ほとんどの場合自分では気付いていないけどものすごい怒りがあって、腹が立っていることすら自分で気付けない、感じられてない(抑圧)状態であって、対人不信感、警戒心が強い人ほど怒りと言うよりも憎しみ、憎悪と言えるほどのものがものすごくあって自分で気付かないように気付かないように、感じないように感じないようにしている。

本当は自分が他人に対してむちゃくちゃ腹が立ってて攻撃心があるけど、自分ではそれがものすごく怖くて、受け入れられなくて、そんなものはないと信じ込んでいる。麻痺させてるわけですね。そうするとどうなるか?

心理学的に言う「投影」という現象が起こるのです。

周りの人間が私を悪く思っている、攻撃しようとしていると感じるのです。でも、実はそれは自分が感じていることなのですが、自分でそれを分からないように感じないように気付かないようにしてるんですね。自分はそんなもの持っていないと。

すると、周りの人に投影されて、周りの人が私を軽蔑している、馬鹿にしている、だまそうとしている、攻撃しようとしているなどと考えるので、周りが怖くなって警戒せざるをえないですよ。人に心を開けない。そんなのはとんでもない話になるわけです。心を開いたら攻撃されると感じるわけですからね。

人と話すのが苦手、引っ込み思案で悩んでいる人は一見するとほとんどの人が、怒りとは無縁な感じがします。 周りからすると怒りがない感じの人が非常に多いです。

それにはいろんな種類があって、

例えば、

・内気で弱々しい、人前でほとんどしゃべらない、おとなしい、反応もない、引っ込み思案で壁に隠れているような感じのタイプ

・理屈っぽい、真面目、頭が良さそう、理論的で感情が感じられないタイプ(男性に多い)

・いつも笑顔で腰が低いタイプ などがありますね。

どのタイプも怒りとは極端に無縁に見えるのですが、実は燃え上がるような怒りや憎しみを持っていることもあるのです。

― なぜ極端に怒りと無縁なのでしょうか?

本人の中で怒りが切り取られて自分にはそんなものは全くないと思っている。人間の感情は抑えつけても、切り取っても、全然なくなることはなくて、そのままそこにあるんですよね。本人が気付かないだけで。

そして、それはいろいろと本人を苦しめる形で出てきます。そのうちの一つが、どうしても人と打ち解けられない、会話が苦手、何を話していいか分からない、頭が真っ白になる、引っ込み思案、人見知りといったものだと言えます。

そんな状態であっても、スキルだけは上手に身に付けて浅い人間関係を作れる人はいます。ただ、表面的には会話もできるのですが、本人が一番実感している部分で本当の自分を出せていないし、本音で話せないので周りの人も本音で話してくれない、表面的、形式的な人間関係しか持てないので非常に寂しいと感じている。そういう人も多いですね。

子供の頃の親との関係

― ものすごい怒りや憎しみの原因は?

臨床心理士としての私の見方になりますが、やはり子供の頃の親との関係なんですよ。 ものすごい怒りや憎しみを持っている人は子供の頃に親(自分を育ててくれた人=母親、父親、おじいちゃんなど)から無条件に大切にされた、愛されたという実感が乏しいんですよね。

それにもいくつかのパターンがあって、親が殴ったり蹴ったり育児放棄をしたり、そういう例は分かりやすいんですけど、非常に分かりにくい例もあります。周りから一見すると良い家庭で両親とも学校の教師やバリバリのサラリーマン、母親もおかしくない。でも、実際の家庭では非常に子供に対して厳しかったり冷たかったりという場合もあります。周りからは見えないですけど、そういうことも非常に多いです。

よくあるのが、親は良い子にしてるとむちゃくちゃしなかった。いつも良い子にしていないと自分を受け入れてもらえない。これはどんな子供でも程度の差はあれ感じるんですよ。その程度が激しければ激しいほど、大人になってまぁ、子供のうちからでも人への不信感とかはあるんですけどね。

親に対して腹を立てるというのは子供にとって非常に難しいんです。子供って親が大事なので、親を悪者にしたり攻撃したり本当はしたくないんです。反抗期の子供ですら深い罪悪感を感じています。なぜかというと、腹を立てると悪い子だから親に愛されない、良い子にしないと自分は愛されないと。認めてもらえない受け入れてもらえないと感じると一生懸命良い子をするわけですよ。良い子をして良い子をして、でも親から本当に愛されたとは感じないんです。愛されても無条件ではなくて「良い子だから愛される」という条件付の愛しかもらえないので、怒ると親から見捨てられるから怒ることもできない。

だから、怒りはないものだと感じるわけですよ。起こってるけど我慢するじゃなくて、怒りそのものを感じなくなる。 それが人と話せない、どう付き合っていいか分からない、人との距離感がつかめない、上手に会話する技術は身に付けても心は開いていないのでいつもすごく寂しいとか、表面的、形式的な人間関係しか作れていないと自分で感じたりするわけです。

ただ、これは誰にでもあって10人いれば10人感じます。ただ程度の問題なんですよね。 良い子じゃないと親に受け入れられないなんていうのはどの子も感じるんですよ。それをものすごく感じる子供もいれば、うちの親なら自分が好き勝手やっても愛してくれるとかなり感じる子供もいます。そういう子供なら、対人関係の困難は少なくて済みますね。

実はものすごく寂しい

子供の頃にありのままを受け入れてもらえたという実感が乏しいので親に対して腹が立つわけなんですが、心の奥底には寂しさがあるんですね。人との交流が苦手、会話が苦手、何を話していいか分からない、そう感じる人は実はものすごい慢性的な愛情飢餓感を抱えているんですよ。人の関心がとにかく欲しくて欲しくてたまらないわけです。

その程度が激しい場合に「対人恐怖症、人間恐怖症」と言われる症状になります。

実は「対人恐怖症、人間恐怖症」というのは、正式な診断名ではなくて正確に言うと誤りなんですよね。 人が怖いわけではなく、本当は人の愛情とか関心とかをむちゃくちゃ求めているんです。求めているから、それが得られないのが怖いのです。

人から悪く思われるんじゃないかとか攻撃されるんじゃないかとか、馬鹿にされるんじゃないかとか、軽蔑されるんじゃないかとかそういったことが怖いんです。人そのものが怖いのではなくてね。 そういう人は、人が怖いわけではないので、この人なら自分のことを受け入れてくれるとか、分かってくれる、好きになってくれると思うと、その人の関心や愛情をむちゃくちゃ求めるようになるんです。 それが得られないとものすごく傷付いてしまうので、自分を出さなかったり、壁を作ったりするわけです。

自分をさらけ出すと、攻撃されるのでは、馬鹿にされるのではと思うと耐えられないくらい怖いですから。

― 楽しさや嬉しさも感じなくなるのも怒りの抑圧と関係がありますか?

そうですね。怒りを抑圧することで他の感情もあわせて抑圧することになりますので、楽しさや嬉しさ、人生の充実感などプラスの感情も感じなくなりますね。

解決するためにすべきこと

― 解決するために何をすれば良いのでしょうか?

西橋さんのような専門家に相談して一緒に解決していくのが一番良いと思いますね。自分一人の力で何とかしようとしないで。

ただ、人と上手く話せなかったりする人は人への警戒心がものすごく強いです。専門家のところに行くというのもものすごくハードルが高いんです。ものすごく勇気がいる。それでも、何とか勇気を振り絞ってやるのが良いと思いますね。

せっかくこうやって西橋さんのホームページを見られているので、勇気を出して、ぜひ相談してみてはいかがでしょうか?

古宮先生、本日はお忙しい中、貴重なお時間をとっていただきありがとうございました。

取材日時:2012年10月30日

インタビューをさせていただいての感想

私がまだカウンセラーとして活動する前の頃、古宮先生の著書「傾聴術」に感動して、直接ワークショップへの参加を直訴させていただいたことがあるほど、著書の内容も非常に深く勉強になるものばかりです。

インタビューのお題は古宮先生が専門とされている人間関係について、人間関係が苦手な人が増えている理由や対人恐怖症の原因などをお聞きしていたのですが、その中で非常に勉強になったことがありました。

それは、人と接するのが怖いと感じる人が、自分の中に潜在的な「怒り」を持っているという点です。

確かに、カウンセリングをおこなう中でご相談いただく方から「怒り」を感じることも多々あります。また、「怒り」の感情を抑え込み過ぎて自分の感情に気付けない状態の方も多いです。

ただ、それが恐怖の根本的な理由となり、さらにその奥底には親との関係があることも、まだ私の中ではつながっていない部分でしたのですごく新鮮でした。

今回のインタビューで気付いた点を活かして、より効果的なカウンセリングを提供していきますが、古宮先生がどうすれば解決していけるのかについて、こちらで書かれていますので、興味のある方はご覧ください。

古宮昇先生には、以前傾聴のワークショップでお会いして以来でしたが、快くインタビューに応じていただき本当に感謝しております。