「職場の飲み会で下ネタが始まると、どう反応していいかわからず固まってしまう」
「友人同士の性的な話題に苦笑いしかできず、自分がノリの悪い人間だと思ってしまう」
対人恐怖症(社交不安障害)を抱える人にとって会話の場に「下ネタ」が出てくることは、戸惑いを超えた脅威に近いものを感じることがあります。
なぜ、対人恐怖症の人は性的な話題に苦手意識を持ちやすいのでしょうか?
そこには、単なる恥ずかしさだけではない、対人恐怖の本質に関わる深い心理的背景があったのです。
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他者からの否定的な評価に対する恐怖心
対人恐怖症の根底にあるのは、他者から否定的に評価されることへの恐怖心です。
これを下ネタという文脈に当てはめると、複数のリスクが浮き彫りになります。
正解のないコミュニケーションの難しさ
下ネタには、その場の「空気」によって求められる正解が激しく変動するという特徴があります。
ノリ良く返すべきか?恥ずかしそうにしたほうがいいのか?受け流す感じで聞いていたらいいのか?
対人恐怖症の人は「自分がどう反応するか」を相手がじっと観察し、採点しているかのように感じてしまいます。
もし、ノリがよすぎて「下品な奴だ」と思われたら?逆に、引きすぎて「ノリが悪い、面白みのない奴だ」と思われたら?
どちらに転んでも否定的な評価につながるリスクを感じ、結果として思考がフリーズしてしまうのです。
動揺して何かしらの反応が出てしまう不安
下ネタを振られた際、顔が赤くなる、しどろもどろになる、目線の向け方がわからなくなるといった反応になる可能性があります。
対人恐怖症の人は、こうした自分の動揺が他人にバレること自体を強く恐れます。
動揺を隠そうとすればするほど不自然な態度になり、それがさらに「変に思われた」という確信を強めるという悪循環に陥ってしまうのです。
心理的境界線(パーソナルスペース)の侵害
人間関係には目に見えない「心理的境界線」が存在します。
対人恐怖症の人は、この境界線を相手に壁を感じさせるほど強固に張ることで自分自身の安全を確保しています。
自分の心に土足で踏み込まれるような感覚
下ネタは本来プライベートで秘匿性の高い領域に属する話題です。
それを公の場やまだ信頼関係が十分に築けていない相手から提示されることは、対人恐怖症の人にとって心理的な壁を強引に乗り越えられるような侵入感をもたらします。
「自分の性をどう扱っているか」という非常にデリケートな部分に光を当てられることは、まるで全裸で街を歩かされるような耐え難い露出感につながる部分があるのです。
親密さへの警戒心
下ネタはしばしば「俺たちはこういう話もできる仲だよな」という親密さの確認(アイスブレイク)として使われます。
しかし、対人恐怖症の人は、急激に距離を詰められることを本能的に警戒します。
本当の自分を知られることで相手に失望される、嫌われると思っているところがありますからね。
相手が良かれと思って距離を縮めるためにした下ネタが、対人恐怖症の人にとって脅威を感じることになってしまうわけです。
潔癖で完璧主義的な自己防衛
対人恐怖症を抱える人の中には、自分の中に高い道徳的基準や「こうあるべき」という完璧主義的な傾向を持つ人が少なくありません。
汚れへの忌避
対人恐怖症の人が他者から承認を得るために武器としているのは誠実さや真面目さ、清潔感である場合が多いです。
下ネタに関わることは、今まで自分が積み上げてきた人畜無害なイメージを崩してしまう可能性が出てくる。
不純なものとかけ離れた存在であるはずの自分が汚れてしまうこと、その結果、自分のことを嫌がる人が出てくるかもしれないという恐怖心が、頑ななまでの拒絶反応を引き起こしていると言えます。
いじられることへの強烈な抵抗感
もし自分が下ネタのターゲット(いじられ役)になった場合、そのダメージは計り知れません。
自己肯定感が低い状態にあるため、相手の何気ないからかいを「自分は価値のない人間だからこんな下品な扱いをされるのだ」と自身の人間性そのものへの攻撃として受け取ってしまいます。
馬鹿にされたと感じ、怒りの感情を抱くものの、表に出すことができず余計に人に対する恐怖心を強める悪循環に陥ることもありますね。
過去の性的なことに関するネガティブな体験の影響
性的なことをタブー視する家庭環境
性的なことに関して否定的な家庭で育ったことも影響します。
これは私自身のエピソードですが、Mr.Childrenの「マシンガンをぶっ放せ」という曲を弟と歌っていた時にいきなり「あんたらそれヒニングやで!そんなん歌ったらあかん!」とすごい形相で言われ、避妊具の意味もわからないまま歌えなくなったことがありました。
また、家族で一緒に観ていたドラマのキスシーン、ベッドシーンになると気まずい空気が流れて、顔を赤らめて硬直していたことも記憶に残っています。
このような家庭で育つと性に否定的な考えが根付いて話せなくなってしまうのです。
性的ないじめやからかいを受けた経験
対人恐怖症の発症原因として過去の対人トラブルが関わっているケースは非常に多いです。
思春期の性的な成長過程で身体的特徴や反応を周囲に冷やかされた。
意図しない形で性的な話題に巻き込まれ、自尊心を傷つけられた。
こういった経験がある人にとって、下ネタが当時の苦痛を呼び起こすトリガーとなることがあります。
周りが楽しそうに笑えば笑うほど、当時の孤立感が深まり、その場が暴力的な空間に感じられてしまうのです。
下ネタに対してどう向き合うべきか
今の自分にできる範囲の対応をする
「そういう話はちょっと疎くて…」「下ネタは苦手なんだよね」といった、自分のキャラクターを守りつつ拒絶するフレーズを一つ持っておくといいでしょう。
無理やり下ネタに乗っかろうとすると逆にギクシャクして余計に変な雰囲気にしてしまう可能性があります。
下ネタに乗れない自分をノリが悪い、面白みがない等と責めないでください。
また、苦痛を感じる場からは、トイレに立つ、スマホを見るなどして一時的に意識を逸らすのもありです。
話せる範囲の内容に対してだけ反応する形であっても別に問題はありません。
性欲がある自分を受け入れる
性欲は仏教では煩悩の一つとされ、キリスト教でも七つの大罪の一つ(色欲)にもなっている通り、多くの宗教で否定的な見方をされていることから考えれば、性のことに対して否定的な風潮があるのは仕方ないと思います。
しかし、性欲というのは人間の三大欲求の一つであり、食欲、睡眠欲と並ぶ大切な欲求です。
さすがに所構わず下ネタばかりではダメですが、下ネタを振られても戸惑わずに他の会話と同じように返せる状態、性的関係を持つ大切な人とは性の話をオープンにできる状態は必要かと思います。
これは良好な夫婦関係を営む上でも非常に大切なことであり、人間が生きていく上で避けては通れないことなのです。
自分から下ネタを話す必要はまったくありませんが、まずは少しずつでも「性欲がある自分」を認めて受け入れられるようにしていきましょう。
