対人恐怖症で悩んでいる人は人とのかかわりを避けたり波風を立てないことを最優先に考えています。

その結果、自分が本当にやりたいことができなかったり、言いたいことが言えなかったりが当たり前になってしまっています。

  • 友達に合わせて自分が言いたいことを抑え込む
  • 知り合いに会うのを避けるためにタイミングを見計らって外出する
  • 気分を害するようなことを言われてもヘラヘラ笑ってごまかす
  • 周りの目が気になって上着を脱げず暑いのを我慢する

こういったことを繰り返していると自分にとって嫌なことなんだと気付けなくなるのです。

言いたいことが言えないことも、自分の出かけたいタイミングで出かけられないことも、気分を害するようなことを言われて反論できないのも、暑いのに上着が脱げないのも、本当はすごく嫌なこと。

なのに嫌だと感じないのは無意識に自分の本音を抑え込んだり誤魔化したりしているからにすぎません。

対人恐怖症で悩んでいる人は無意識レベルで抑え込んだり見ないようにしているせいで自覚できていない本音が多く、カウンセリングを受け続けてやっと本音に気付けるというのが実情です。

日記を書き続けて自分の感情や本音に目を向ける習慣をつけたとしても、無意識に抑え込んだり見ないようにしているから自分だけではなかなか気付けないんですよね。

自分の本音を簡単に抑え込んだり誤魔化したりするのはやめてください。

そんなことをするから症状が出てくるのです。

症状は抑え込まれた本音の悲鳴みたいなものだと私は思っています。

自分を抑え込んで我慢して人に合わせてばかりで生きて、その先にいったい何があるのでしょうか?

症状を消したいのならまず日々の中に埋もれた自分の嫌な気持ちを探すことから始めていただければと思います。

無意識に抑え込まれた嫌な気持ちを見つけるために

とはいえ、無意識レベルで抑え込まれた嫌な気持ちを見つけるのすごく難しい。

探していく上でヒントになるのが「我慢」です。

先日のとある雨の日のことですが、電車で座っていたときに乗り込んできた女性が私の目の前に立ちました。

その女性は傘を腕に引っ掛けるようにして持っていたので、ちょうど私の足に傘が当たる形になったのです。

私は足に傘が当たるのは嫌だったので傘を振り払いました。

すると、その女性は申し訳なさそうに頭を下げながら傘を持ち替えました。

この一連の流れ、ごくごく当たり前の話なのですが、実は対人恐怖症で悩んでいる人はこういう自分が嫌だと思うことを我慢しがち。

自分が我慢して丸く収まるならそれでいいと思っているのです。

我慢を繰り返すと我慢しやすくするための正当化が始まるので「自分は嫌だけど他の人は嫌じゃないかもしれない」とか「相手も悪気があってやっているわけじゃないんだし」と自分を無理やり納得させていく。

だから、「嫌だから振り払う」のではなく「嫌だけど我慢して相手が気付いてくれるのを待つ」ことができてしまう。

振り払わなかったとしても相手が気付いたかもしれません。隣の人が気付いて言ってくれたかもしれません。

でも、そうなる保証はありませんし、そうなるまでの間じっと嫌なことを耐え続けることになります。

「自分が我慢する」という選択を繰り返して嫌な気持ちを麻痺させてきたわけです。

選択の繰り返しが現状を生み出す原理は、対人恐怖症だけでなく貧乏や不幸にも当てはまると言われています。

無意識レベルに習慣化された選択は私がカウンセリングにおいて大切にしている部分であり、これをまず自覚できるようにすること。そして、変えていくことは対人恐怖症を克服する上で効果的だと感じています。

無意識になっている選択を今回の事例をもとに自覚できれば変えていくことが可能です。

日常の些細なことでも何か我慢を選択していることはないか意識して過ごしてみてください。

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