自分のことがわからない状態になっている人ほど他人や世間の軸で生きています。

服を選ぶにしても周りから見て無難かどうか、周りから見ておかしくないかどうかを基準に選んだり…

自分が好きかどうかではなく、他人から見てどうかなのです。

一般に対人恐怖症の患者に対して「あなたはどうありたいと思っているのか」,と訊ねてみると,「せめて世間並みの`普通’の人間でありたい,周囲の期待に沿うようにふるまいたい」と応えることが多い

引用元:対人恐怖症、2000、富山大学保健管理センター

私も以前は世間や他人を軸に生きていたので、自分は何が好きで自分にとって何が大切かもわからなくなっていました。

親が買ってくる服を何も考えずに着て髪型は丸坊主…

さすがに女性用の服はボタンが左右逆で戸惑いましたが、母親が基準だった私はそれを嫌だと思うこともありませんでした。

自分が何かを感じて、その感覚に従って行動しようと考えて判断を下す。

これを繰り返す中で自分の基準ができてくるのですが、自分で考える前に母親がやってくれていたことで思考停止状態になって母親の基準でしか動けなかったのです。

そして、学校という集団生活の場に入ったことで先生やクラスメイトが基準となり、他人、世間が軸になっていく。

結果として自動販売機で自分の好きなジュースを選ぶことすらできなくなりました。

祖父の影響でオロナミンCとかリアルゴールドが好きだったのに、みんながよく飲むようなコカコーラ、ファンタを選んだり。

ペプシコーラは好きではなかったのですが、流行っていた時期は自分も合わせないとと買いました。

遠足に持っていくお菓子もみんなと同じかどうか考えて、違うお菓子があったら隠してそのまま持ち帰った記憶もあります。

みんなと違うかわいいタヌキのお弁当箱、デザートもタコさんウインナーもない中身。恥ずかしすぎてお弁当箱を出すときはいつも顔が真っ赤でした。

自分が好きか嫌いかよりも周りに合わせることのほうが大切だったのです。

青年期においては,客体自己と主体自己の分化が大きくなり,その結果,自己覚醒(Self-awameness)が高まることが指摘されている.自己覚醒が高まった状態において人は,現実の自己の状態に対する知覚が鋭敏になり,自己のもつ“適切さの基準(standard)”,あるいは理想自己像との差が意識されるために,自己評価が低下し,これに伴う不快感から脱するため,基準に一致した行動をとるよう動機づけられるといわれている.そして,他者から見られる自己に注意をより向けやすい,いわゆる公的自己意識の高い者ほど,他者の評価や社会的規範などの自己の外的要因を基準として重視する傾向がある.

引用元:青年期の自己評価と対人恐怖的心性との関連、1990、日本心理学会

世間体を重視する家庭で育ったので、公的自己意識も高かったと思います。

毎日駅で下痢や嘔吐を繰り返しながらも学校に行き続けたことが何よりの証拠だと言えるでしょう。

繰り返されていくうちに感覚が麻痺して本当は嫌だったはずのことも嫌だと感じなくなる。

だから、自分にとっては別に嫌なことをしている感覚も我慢している感覚もない。

このおかしくなっている状態に警笛を鳴らすのが症状です。

何も問題がないはずなのに症状が出るというのは、無意識に世間や他人基準で本当の自分を抑圧しているということ。

自分の気持ちを大切にしていない状態だから自信も持てません。

自信を持って自分らしく生きていくためには、他人軸から抜け出して自分軸を取り戻すことが必要です。

自分が好きなものは何か、嫌いなものは何か。

自分にとって大切なことは何か、どうでもいいことは何か。

例えば、好きなことをしていたら楽しかったり嬉しかったり心地よかったりします。嫌なことをしていたら面倒くさかったりしんどかったり不快な気持ちになったりします。

今やっていることに自分がどう感じているのか、感覚に意識を向けてみてください。

自分軸で生きていくためにはまず自分の感覚を知ることから。

他人軸に埋もれて見つけづらくなっていると思いますが、自分の感覚に少しでも目を向けていただけたらと思います。

自分軸を取り戻すために大切な自分の価値観

自分軸を取り戻すにあたって自分の価値観を知ることも大切です。

価値観は人それぞれなので、自分が大切だと思うことが他人にとってはどうでもいいことだったりというのはよくあります。

自分の価値観で生きている人は、自分が大切だと思うことを大切にします。

他人の価値観で生きている人は、他人が大切だと思うことを大切にします。

例えば、結婚することが自分の価値観ではどうでもいいことだとすると、自分の価値観で生きている人は結婚を目的として行動を起こすことはありません。

しかし、「結婚は早くすべきだ」という母親の価値観で生きている人は結婚を目的として行動を起こします。

私自身も他人の価値観で生きていましたので、「家族や身内」が自分の中で一番大切だと思っていました。

家族や身内のために何かをすることを優先しようと考え、できなければ自分を責めていたのですが、意識しないと忘れてしまうことが多くできることが少ない状態でした。

正直、面倒くさい気持ちが強く、それによって自分の時間が削られることが嫌だったのです。

本当の自分の価値観で生きているとき、人は嫌な気持ちになることはありません。逆にどんどん満たされていきます。

嫌な気持ちになるということは自分の中で最優先の価値観が優先順位の低いことに妨げられているから。

つまり、私の価値観において「家族や身内」よりも大切なものがあったんですよね。

私の価値観で一番大切なのは「心」です。

心に関して考えることは常にしていますし、無意識にでも考えてしまうほど興味があります。(職業病ではありません)

「こういうときにこの人はどういう気持ちになるんだろうか?」

「この人はこれをすることでどんな気持ちになるんだろう?」

「今自分はどういう気持ちになっているんだろう?」

こんな感じで他人の気持ちだけでなく自分の気持ちもよく考えます。

家族や身内、友達、仕事、知識、お金…何よりも心が最優先です。

だからといって、他のことはどうでもいいという話ではないんですけどね。

自分の価値観において何が一番大切なのか。

親や世間という他人の価値観ではなく自分の価値観を知ったとき、他人軸に惑わされず自分軸で行動しやすくなります。

ただ、他人の価値観を自分の価値観だと思い込んでしまっている人が多いので、自分の価値観を自覚するのは難しいところもありますけどね。

自分の感覚や価値観に目を向けてみたけど自分軸が取り戻せない、よくわからない場合はカウンセリングでサポートいたします。

⇒自分軸を見失った対人恐怖症を克服するカウンセリング