街中で誰かの視線を感じる

街を歩いていてすれ違う人、たまたま電車に乗り合わせた人、ご飯を食べに行った先で近くに座った人…

しゃべるわけでもなく、かかわりを持つこともない人たち。

自分には注目されるような特徴があるわけでもなく、関心を抱く対象になりえないはずなのに視線を感じる。

見られている感覚が怖くて前を向いて歩けなくなる人もいます。

クラスメイト、職場の同僚、子供と同じクラスの保護者といった実際にかかわる人たちなら見てくる可能性は十分あるでしょう。

しかし、全く関係のない赤の他人が自分に注目するというのは不思議な話ですよね。

いったいなぜ赤の他人からの視線を感じるのでしょうか?

「他人の視線を感じる」という感覚の正体

自分が見られる可能性をもとにした予測

視線を感じる事例で代表的なものは異性からの目です。

クラスで人気のあるかわいい女子が男子からの視線を感じるというケースがわかりやすいと思います。

男子に見られているような気がして振り向いたら目が合った。「自分は男子からの視線を感じていた」と思うわけです。

しかし、実際は第六感のようなもので視線を感じたわけではなく、自分がかわいいから男子に見られているのではと予測したことが元になっています。

体の向き等、視界に入った情報があれば、それが手掛かりとなって「見られているかもしれない」と思うのもありますよね。

「たぶん自分のことを見ているんじゃないか」という予測が、視線を感じることにつながっているわけです。

自分がかわいいから見られているならまだいいかもしれませんが、自分が変に見られている、気持ち悪いと思われているという予測で視線を感じていたらものすごくつらいものになります。

自分が見られることへの過剰な意識

どうでもいい人のことは意識していませんので、何かしていても気付かないことがほとんど。

極端な話、街を歩いていてすれ違う人の半数が自分のことを見ていたとしても、夢中でゲームをやっていたとすれば見られていることに気付きませんよね。

自分が見られているかどうかを気にしているから、相手の反応を拾いやすくなっているのです。

被害的な自己関連づけが起こる場合は,実際には自分に向けられたのではないかもしれない出来事に対して,自分がその出来事の対象ないしは被害者であると過剰判断している.このとき,何でもない出来事に注意を向けることなしに,自分をその出来事の対象と判断することはあり得ない.つまり被害的な自己関連づけが起こるときには,必ず対象となる出来事に注目していることになる.

引用元:被害妄想的心性と他者意識および自己意識との関連について、1999、日本パーソナリティ心理学会

相手が自分の方に体を向けた。自分が見られたのではと思うから相手を見る。見られた相手が気付いて目が合う。

こういったことが繰り返されていく中で、自分は見られているかもしれないという予測が強化され、視線を感じる機会が増えてしまうのです。

視線を感じることが気になる背景

自分のことを客観視できていない

自意識過剰で視線を感じると思っているだけでなく、実際に見られている場合は何かしら理由があります。

  • 見た目に特徴がある
  • 他の人たちと違う行動を取っている
  • 香水等の強いにおいを放っている
  • 有名人や知り合いに似ている

しかし、本人が見られる理由を認識していなかったとすれば、「なぜ自分は見られるんだろう」と気になりますよね。

人に見られるような特徴がないはずなのに見られる。

見られていると思うから他人に意識が向きやすくなり、人から見られていることを気にするようになっていくのです。

自己評価が低い

知り合いなら「あの人ならこう考えるかも」とわかる部分もありますが、赤の他人はどういう考えをしているか等まったくわかりません。

にもかかわらず、自分のことを悪く見ていると思うのは、自分が自分のことを悪く思っているから。

ルックスにコンプレックスがあればルックスが変に思われたのではないかと思ったり、道を歩くときにどこを見ていいか分からず不自然になっていると思うから変に見られたんじゃないかと思ったりするわけです。

また、強い不満を抱えていると攻撃的な気持ちが生まれてくるので、その攻撃的な気持ちを他人に映し出して攻撃されると思ってしまうこともあります。

「他人がみんな敵に見えるから外がまるで戦場のようだ」と言う人もいました。

知らない人だから相手の人柄を無視して自分のネガティブな考えを映し出してしまうところがあるのです。

他人の視線を気にしないために大切なこと

コスプレとかで明らかに周りから浮いてしまう格好をして道を歩いている人もいたりします。

間違いなく注目されますし何か言われることもあるでしょう。

でも、本人が「自分はこれでいいんだ」と思っているから人目のあるところにも堂々と出て行けるわけです。

つまり、大切なのは自分が自分に対してどう思うか。

自分がいいと思えたなら赤の他人から注目される状態であったとしても気に病むことはありません。

自分が自分の基準をもっていいと思えるかどうかです。

「周りからは変に見られるかもしれないけど、自分はコスプレをするのが好きだからやりたい」というのは自分の基準でいいと思ってますよね。

他人に見られているかどうかより、自分がどうしたいかに意識を向けるようにしてください。

ただ、自覚がないまま人に迷惑をかけてしまっている可能性がゼロではないため、自分を客観視して問題があれば改善していくという視点も必要です。

カウンセリングでは自分を客観視する力を養い、他人の目を過剰に気にする状態から抜け出せるようにサポートしております。

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