人間関係で悩んでいる、もしくは上手くいっていない人たちは、他人との関係を上下で見る傾向があります。

自分より相手が上なのか、それとも下なのか。

相手が上だと思うと緊張して話しづらくなり、逆に下だと思えば緊張せずに話せる。

仲良くなったとしても相手が上だと思う場合は「仲良くしてもらっている」感覚になり、逆に相手が下だと思う場合は「一緒にいてやっている」感覚になります。

これでは本当の意味で仲良くなることはできませんよね。

以前の職場で「人を上下で見る」と言われている人が何人かいました。

たしかにそう言われていた人たちは自分より上だと思う人には従順で対応が良く、逆に自分より下だと思う人には横柄で嫌な感じ、あきらかに態度が違っていたのです。

男性は競い合う本能を持っているがために上下で見てしまう面はあります。

だからといって、男性全員が人を上下で見ているわけではありませんし、女性でも上下で見る人はいます。

なぜ人を上下で見るようになってしまうのでしょうか?

上下関係を意識して育ってきた影響

「年上の人を敬うように」と教育される日本では、上下関係を強く意識させられるところがあります。

親兄弟、近所の人、親戚、先生…

とくにお年寄りを敬うのは当然のことで「なぜ敬わないといけないのか」と考える人は少ないでしょう。

親も子供に対して自分が上として接するので、子供は必然的に自分が下という感覚になります。兄弟でも兄が上、弟が下というのはありますよね。

いまだに長男が家を継ぐのは当たり前と思っている人もいるくらいです。

小中高の部活、とくに体育会系と呼ばれる部活では、たった1年違うだけで先輩が偉そうにして後輩がペコペコする。

年齢や立場で相手が上か下かを意識しながら育つわけです。

まだまだ男尊女卑も残っているところがありますから、親戚の集まりで女性がバタバタして男性はお酒を飲みながら語り合うとか、職場の飲み会でも女性が率先して食べ物を取り分ける光景も見られます。

小さい頃から家族や学校という集団で上下関係を体験し、さらに成長していく過程で上下関係を目の当たりにしていく。

育ってきた環境を考えてみれば、人を上下で見てしまうのも無理ないかと納得します。

人の内面に触れる機会が少ない

もうひとつ大きな原因として考えられるのは、他人との内面的なかかわりが少ないことです。

人を上下で見る人はそもそも人とのかかわり自体ほとんどないか、あったとしても表面的な付き合いしかしていません。

道端ですれ違う赤の他人を何で判断するかと言えば見た目くらいですよね。

顔がどうかスタイルがどうか、あとはメイク、服装、持ち物、仕草とか。

たまにお年寄りの方に席を譲っている人を見ますが、内面まで垣間見えるのはそういうときくらいでしょう。

直接かかわる人であれば見た目以外の内面も知ることはできるのですが、仕事をしていても業務上の会話しかしないとすれば相手の内面まではわからないまま。

人を表面的に見ていると優劣をつけられるものばかりになります。

ルックス、年齢、役職、収入、社会的地位、資格、スキル、所有物…

内面がわからないから表面的なところで判断せざるを得ないわけです。

本来人と人とは横並び

たしかに表面的なところで比較すればどちらが上でどちらが下という概念は出てくるでしょう。

スクールカーストが問題視される学生時代は、精神的に未成熟であるため他人の内面まで見れず表面的になりやすい。

見た目がいい、コミュニケーションが上手い、運動ができる、勉強ができる、おしゃれ、お金持ち、年上…

どうしてもこういった指標で見てしまうため上下関係が生まれやすくなります。

しかし、成長とともに他人の内面に触れる機会が増え、どんどん対等な関係を築けるようになっていくのです。

上司と友達になるというのも全然珍しい話ではありません。

内面というのは相手の価値観、考え方、感性とか。

その人が持っている固有のもの、個性と言えます。

固有のものは比較対象がなく、それぞれ優劣をつけることができないものですから、知れば知るほど上下で見ることができなくなっていくわけです。

ただ、自分の見た目や学歴、社会的地位など表面的なことに執着している人は、他人の内面に意識を向けるのが難しい状態になっています。

そういう場合はどれだけ人とかかわっても上下で見るだけになってしまいますので、まずは自分の内面に意識を向けるところから始めるといいですね。