べき思考は、すべき思考、なければならない思考とも呼ばれ、この思考が多い人ほど生きづらさを感じています。
どうすればべき思考を手放すことができるかをお伝えしていきますので参考にしていただければ幸いです。
「べき思考」が引き起こす問題
自分がしんどくなる
例えば、学校は行くべきという思考があった場合、体調が悪くて休みたくても頑張っていかないといけません。
高熱で休まざるをえない状態になったときには「根性が足りなかった」「体調管理ができていない自分はダメだ」等と自分を責めることになります。
べき思考があればあるほど、無理やり頑張ること、できなかったときに自分を責めることが増えるため、しんどくなってしまうわけです。
他人に対して不寛容になる
べき思考は自分だけでなく他人に対しても向けられています。
仕事はキッチリやるべきだと思っている人は、適当に仕事をやる人に対してイライラしやすくなります。
「キッチリやるべきなのになぜやらないんだ」と思うからです。
イライラすることでストレスを抱えやすいという面だけでなく、やるべきことをやらない相手の悪口を言ったり、直接指摘をしたりして関係性が悪くなってしまうケースも少なくありません。
「べき思考」の原因は?
べき思考を持って生まれてくる人はいません。べき思考は後天的なものです。
ただ、親や親戚、先生といった大人から「こうすべき」「こうしなければならない」と言われて真に受けるタイプと聞き流すタイプでは、影響を受ける度合いが変わってくるので先天的な性質の影響はあると思っています。
親から「親の言うことはちゃんと聞かないといけない」「お礼はちゃんと言わないといけない」「長男だから弟の面倒は見ないといけない」と言われ、従わないと怒られるからと守っていくうちに「親の言うことは聞くべき」「お礼は言うべき」「弟の面倒は見るべき」と定着したべき思考。
さらに、学校や職場といったコミュニティ、ニュース、SNS、YouTube等で触れる情報からもべき思考は植え付けられます。
親子関係で形成されたべき思考は深刻
親子関係で形成されたべき思考は、単純に怒られるのが嫌とか怖いとかだけでなく、親に嫌われる、愛されなくなるといったことへの恐れが背景にあります。
親に従わないと見捨てられ、生きていけなくなる可能性があったわけですから、べき思考は当時の自分を守ってくれていたと考えることができますね。
自分を苦しめるべき思考は一刻も早く手放したいという気持ちだと思いますが、今まで自分を助けてくれていた側面があることは心にとどめておいてください。
親の接し方や家庭環境が子供にどれだけの影響を与えるかをご説明しています。
べき思考がやめられない理由
べき思考は自分に対して強制力を働かせる手段となります。
強制的に自分を追い込んで何とか乗り切る。
ある種の成功体験を重ねることによって「べき思考」が必要だと無意識レベルで認識しているのです。
べき思考は良くないとわかっていたとしても、必要だと思っているからやめられないんですよね。
べき思考を手放すために
「べき思考」を疑ってみる
今「こうであるべき」「こうでなければならない」と思っていることは、誰が言っていたことでしょうか?
親?先生?それとも有名な人?
そのべき思考は相手にとって都合の良いことであって、自分の為にはあまりならないことだったのかもしれません。
昔のことであったとすれば、今はそうでなくてもいい可能性があります。
結婚して子供を産むべきという考えは、いまだ根強くあるとはいえ、30年前に比べれば弱まっていますよね。
また、すべきことができなかった場合にどうなるかも考えてみてください。
約束した時間は守るべきだと思っている人は、よほどのことがない限り時間を守ってきたでしょう。
しかし、時間にルーズで毎回のように遅れて来る人だっています。
こうすべきと思っていることができなくても、大きな問題が起こらない可能性があるわけです。
自分と異なる価値観の人とかかわる
人とかかわる中で他人の価値観を知ること、感じることでべき思考は変わります。
例えば、「電車でお年寄りがいたら絶対に席を譲る人」と「自分たちが働いてお年寄りを支えているんだからと絶対に席を譲らない人」がいたとします。
一緒に電車に乗っていてお年寄りの方が近くに来たら正反対の行動を取りますよね。
極端な例を挙げましたが、こんな感じで自分と異なる価値観を持つ人とかかわったりすると、今まで当然だと思っていた既成概念が壊されます。
世の中には正解不正解が絶対的なものとして存在すると思いがちですが実際はそうではありません。
何が正しいか、間違っているかなんてその時代によって変わりますし、許されること、許されないことも人や関係性によって変わります。
いろんな人の価値観を知り、柔軟な考え方ができるようになればなるほどべき思考は崩れていくのです。
嫌な考えも一旦受け止める
自分が嫌だなと感じる考え方は敬遠してしまいがちです。
「そんなこと言ってはいけない」
「そういう考え方はしてはいけない」
「そんなの認められるわけがない」
「みんな嫌がるだろう」
いろんな理由を考えて拒絶します。
でも、たとえどんなに非人道的な考え方であったとしても、ひどいことであっても、一般的に間違っていると言われることでも、その考え方を持っている本人にとってはそれが正しいことなのです。
それに賛同しろという話ではありません。
ただ、「そういう考え方をする人もいるんだな」と受け止めるだけです。
どんなに嫌な考え方でも、「そういう考え方もあるね」と心の中でつぶやいてみましょう。
逆の立場になりきって説得を試みる
自分が「~しなければならない」と思っていることに対して、「~しなくても良い」という逆の考えを持っている人をわざと演じてみる方法があります。
まず「~しなくても良い」と思っている人になりきって「~しなければならない」と思っている自分を説得する。
次に「~しなくても良い」と思っている人に対して、「~しなければならない」根拠を考えて説得する。
向かい合わせの椅子を用意してそれぞれが座っているイメージで、自分が席を入れ替わって「~しなければならない」側、「しなくても良い」側の一人二役を演じる形になります。
一度だけでは説得できないと思いますので、説得できるまで何度か繰り返してみてください。
椅子が用意できない場合は、筆談のようにノートを使って対話する形でも大丈夫です。
「自分はどうしたいか」に目を向ける
~すべき、~しなければならないと考えている人ほど、「自分はどうしたいのか」に目が向いていません。
自分がどうしたいかは無視して、とにかくやるべきこと、やらなければいけないことになっているのです。
- 挨拶はちゃんとしなければならない
- 困っている人がいたら助けるべき
- どれだけしんどくても学校には行くべき
- 家族の為に毎日料理を作らなければならない
- 健康の為に運動はするべき
このような感じで自分が持っているべき思考を書き出し、それぞれに対して自分はどうしたいと思っているのかを考えてみてください。
例えば、挨拶はちゃんとしなければならないと思っている場合は、自分が挨拶をしたいと思っているかどうか。
相手やシチュエーションによって変わることなので、日常で挨拶している場面を振り返ってどうしたいかを考えていただくとわかりやすいと思います。
べき思考に反する行動を取る
頭の中でべき思考が必要ない、そこまでしなくてもいいとわかったとしても変わりません。
べき思考に反する行動を起こし、問題が起こらない、むしろその方が楽になるという経験を積み、落とし込みができたときに手放すことができるのです。
例えば、人の話を聞くときは目を合わせるべきと思っていた場合、さすがに全く目をあわせず話を聞くことはできませんが、少し目を逸らす時間を意図的に作ることはできると思います。
抵抗が強い場合はほんの少しだけで大丈夫です。
できなかった場合は後から振り返って、もしできていたら相手はどんな反応をしただろうかと想像してみてください。
自分目線で想像するとネガティブな反応が出てきやすいため、自分が相手だった場合で想像してみましょう。
繰り返していくうちにべき思考は必要性を失い、手放すことができる状態になっていきます。