弱みを見せないように必死な女性

人に自分の弱みを見せられない人は、見つからないよう必死に隠しています。

打たれ弱い、口下手、気が短い、ノリが悪い、友達がいない、彼女がいない、結婚していない、子供がいない、正社員じゃない、働いていない、勉強ができない…

何を弱みと感じているかは人によって違いますが、自分が弱みだと思っていること(コンプレックス)を絶対に見せたくないのです。

「あれっ?もしかして…」

なんて、ひた隠しにしている弱みに気付かれたらもう耐えられない苦痛でしょう。

弱みを見せたくないのは恥をかきたくないからという理由もありますが、根底では弱みを知られることで嫌われるのでは、受け入れてもらえないのではといった不安に怯えています

人に弱みを見せられないことで起こる問題

人の目が気になる

弱みを見せられない人は「弱みを知られたらどうしよう」と恐れています。

だから、頼りがいのある人に見せようとしたり、悩みがないことをアピールしたりするのですが、やればやるほど本当の自分とかけ離れていく。

本当の自分を隠して偽ることになるわけです。

人間は「隠すこと=重要なこと」と認識するため、弱みを知られてはいけない意識はより強化され、周りの目にものすごく敏感になります。

ひた隠しにしている弱みは絶対に言わないので、言ったら相手がどういう反応をするかわからない。

言ってみたら意外と大丈夫かもしれないのに、自分の中で弱みが大変なことになっているから大丈夫と思えません。

どんどん勝手な決めつけを強化して、さらに人目が気になる悪循環になってしまうわけです。

人との関係を深めることができない

弱音を吐かない、相談しない、自分で解決する。

弱みを見せないから助けようとしてくれる人もなかなか出てきません。

逆に頼られて余計にしんどくなっていくだけ。

これだけでも十分問題と言えますが、さらに人との関係が深まらない問題まで出てきてしまうのです。

人は信頼関係を築いていく上でお互いに適度な自己開示をしています。

当然自分の悩みを打ち明けたり相談したりはつきもの。

なのに、相手の相談に乗ることはあっても自分の相談は一切しない、まったく悩んだ話をしないとなればどうなるでしょう?

相談役として頼られることはあっても、本当に心が触れ合う仲良しにはなれませんよね。

弱みを見せられない人は、良い人、すごい人と思われることはあっても、どこか距離を感じる寂しい関係しか築けないのです。

そもそも弱みを見せられなくなったのはなぜ?

弱みを受け入れてもらえなかった親子関係

赤ちゃんの頃は誰しも弱みを見せていました。

自分ができないことは泣いたりして親にやってもらうのが当たり前だったわけです。

それが妹や弟ができて親に甘えられなくなったり、親に心配をかけないようにと考えるようになったり…

親子関係の中で弱みが見せられなくなった、甘えられなくなったのは影響しています。

また、弱みを見せたのに受け止めてもらえず、からかわれたり他人と比較して否定されたり、「甘えるな」と怒られたりした経験も大きいですね。

嫌な目に遭うくらいなら見せないほうがいいとなりますから。

弱みを見せない自分なら受け入れてもらえる。

でも、弱みを見せる自分は受け入れてもらえない。

受け入れてくれないと思うから見せられなくなったのです。

「弱みを見せるのは格好悪いことだ」と誰かに教え込まれたとか、弱みを見せない親の姿に影響されて見せなくなったという可能性も考えられます。

安心感がないから強がる

弱みを見せられない、頑なになる、常に格好をつけてしまうのは安心感がないから。

まるで断崖絶壁の崖に追い込まれながら生きているような感覚なのです。

もし、強がっている踏ん張りをやめたら後ろには何もないとなれば、これほど怖いことはありませんよね?

安心できないから人と接するときは常に構えている。

いつもどこかしら不安で落ち着けない感じがあるから一緒にいて居心地が悪い。

どこか壁を感じて表面的な付き合いになってしまいます。

弱みを見せられる人には安心感という後ろ盾があるから一緒にいて居心地がいいんですよね。

「頑固だね」「プライド高いよね」と言われた経験がある人は以下の記事も参考にしてみてください。

弱みを見せられない人とさらけ出せる人

弱みを見せられない人は本音で話ができません。

本音を話すことによってバレる危険性が高まるわけですから、そんなことするはずないですよね。

弱みを見せたら否定されるかもしれない、馬鹿にされるかもしれない…

まるで聖人君子のように「いい人」を演じて、自分の弱さや醜さを必死に隠しています。

バレそうになると急に怒り出したり、正当化したり、意固地になって否定する人もいたり。

相手に受け入れてもらえないと思うのは、自分が受け入れていないから。

自分の弱さを受け入れられない、許せないのです。

対して、弱みをさらけ出せる人は、自分の弱みに関して何か言われたとしても受け止めることができるため、ダメージを受けることがほとんどありません。

その弱みが原因で現実的に問題が起こっているなら改善しようとしますし、必要に応じて誰かに助けを求めます。

もし、そうでなかったとしても一つの意見として受け止めることができます。

ちゃんと自分の弱みを理解して、自分の一部として受け入れているからこそ、さらけ出すことができるのです。

どうすれば自分の弱さを受け入れることができるようになるのでしょうか?

まずは自分の弱さと向き合うことから

そもそも人間には弱さ醜さがあって当然だと知る

人間は弱く自分を守るためなら平気で人をおとしめます。

とくに日本では昔から村八分、最近ではいじめなど、集団に逆らえば自分が危ないと感じたら、心ではやっちゃいけないとわかっているのに自分を守るために相手を傷付けることでもやってしまう。

人間は弱く醜い。

他人も自分自身も含めて。

Mr.ChildrenのHEROという曲にもこういう歌詞があります。

例えば誰か一人の命と引き換えに世界を救えるとして僕は誰かが名乗り出るのを待っているだけの男だ

「可哀想だ」「あんなことやる奴は最低だ」「俺だったらこうする」なんて言っておきながら、いざ自分が同じような状況に立たされたら保身に走る。そして、誰かのためだと言い訳をする。

自分だけは助かりたい、嫌なことはやりたくない、面倒くさいことは他人に押し付けたい、自分のやりたいことだけやって過ごしたい、ちょっとでも楽したい、自分の思い通りにしたい、欲求を満たしたい…

これが人間の本性です。

いくら口では立派なことを言っていようが、立派な振る舞いをしていようが誰しもこういう面を持っています。

人間である限り自分にも弱さや醜さがある

太宰治の『人間失格』、夏目漱石の『こころ』といった本にも人間の弱さ醜さが鮮明に描かれていました。

『人間失格』の主人公である大庭葉蔵は人間になれないまま葛藤を続けて最終的に廃人となりますが、まさにこの「人間」になりきれなかったのかなと感じます。

私たちが生きているこの世界は残念ながら綺麗ではありません。

そして、自分自身も同じ人間であり、同じように弱さ醜さを抱えて生きていることを成長と共に認めていく必要があります。

他人の弱さや醜さに気付けるということが、自分も弱さや醜さを抱えている証拠。

自分にはどういう弱さや醜さがあるのか振り返ってみましょう。

人間には自分の嫌なところを他人に映し出す心理があるので、嫌いな人、許せない人の特徴を挙げると見つけやすいですよ。

なかなか「自分にもあるな」とはならないと思いますが、葛藤を乗り越えることで変わっていきます。

弱さを受け入れてさらけ出せるようになるために

向き合うことで生まれる葛藤

自分にも弱さや醜さがあると知って生まれてくるのが葛藤です。

「自分にもあるんだな」と頭で理解しても、感情としては「それは嫌だ」となりますからね。

今まで自分の弱みから目を背けてきた人ほど葛藤が大きくなります。

私自身も自己中なところから目を背けていたため、向き合ったときの葛藤はものすごい大きさでした。

「自分が自己中なわけがない」と思っていたので絶対にありえない感覚だったんですよね。

でも、実際は夫婦関係や友達関係でも相手の気持ちを考えきれず言いたいことを言っていたり、相手の意見を聞かずに推し進めてしまう傾向がありました。

思い通りにならないとイライラして黙り込んだり、態度に出して相手に気を遣わせたり。

振り返ってみると自己中でしかないなと思うのですが、客観的に頭で理解するだけでは変わりません。

ある程度時間をかけて葛藤を乗り越えていく必要があるのです。

葛藤とはどういうものか?

男性が女性を好きになったときの葛藤を例に挙げてみます。

好きだから好きと伝えたい。

でも、どう言ったらいいんだろう?どのタイミングで伝えたら上手くいくんだろう?

彼女はどんな男が好きなんだろう?他に好きな人がいるのかな?

好きな人がいたら諦めよう。いや、諦めたくない。

もしかしたら俺に気があるのかも。

いつも楽しそうにしてくれてるけど本当は嫌がってるかもな。

好きだけど気持ちを伝えたら関係が壊れるかも。

好きだと言ったら相手も好きと言ってくれるかわからない。

自分の気持ちを伝えることで相手を困らせてしまうんじゃないか。

このまま何も言わずにいたら関係は続けられる。

でも、このままじゃ付き合えないし。

友達でも一緒にいれるならいいか。

でも、やっぱりこのまま自分の気持ちを誤魔化して付き合いを続けるのも嫌だな。

あー、もう言ってしまいたい!

響子さん、好きじゃー!

最後はちょっと暴走してしまいましたが、葛藤というのはこういう感じです(笑)

葛藤が終わってもまた次の葛藤が生まれる

葛藤しながら「ああでもない、こうでもない」と答えが出ない中で悩み苦しみ、最後には自分なりの答えを出していきます。

そして、出てきた答えに対しても葛藤して自分なりに納得できるように折り合いをつける。

さっきの例で相手に彼氏がいることがわかり「好き」と伝えないという答えを出して会えなくなったとします。

すると、また以下のような葛藤が生まれることになります。

やっぱり好きって言っとけばよかったかな。

いやでも、やっぱり言わなくてよかったんじゃないか。

どうにかしてまた会えないかな。

偶然を装って会ってそこから恋愛に発展したりして。

幸せになって欲しい。

今でもやっぱり好きだな。

出会わなければこんなに苦しむこともなかったのに。

彼氏がいなかったらな。

もしかしたらまだチャンスがあったかも。惜しかった。

出会えてよかった。

ありがとう。

長くなりそうなのでこれくらいにしますが、また葛藤がまた生まれるわけです。

仮に好きだと伝えて付き合えた場合でも、その後の彼女との関係性等で葛藤は生まれます。

付き合って結婚して子供が生まれてとなればなるほど葛藤を抱えることは多くなっていくので、夫婦関係や親子関係を良好なまま継続させるのが難しいんですよね。

葛藤を乗り越えれば弱みをさらけ出せるようになる

正しいか間違っているか、上手くいくかいかないか等は考えず、葛藤して自分なりの答えが出せれば乗り越えたことになります。

ただただ「こんな弱みがあるのは嫌だ」と思い続けても何も変わりません。

カウンセリングで認めたくない気持ちも否定せず話していく中で、弱みがあるのは仕方ない、弱みがある自分でどうしていけばいいかと考えることができてくる。

視点を切り替える質問やアドバイスを受けることによって、嫌で仕方なかった弱みにも少し良いところもあるのかなと思えてきたり。

葛藤の中に身を置き試行錯誤しながら自分なりの答えを出す感じですね。

最近はインターネットで検索すればすぐに答えがもらえて葛藤することが減っています。

検索して出てきた答えが複数あればそこで考えることはあっても、自分としっかり向き合っていろいろ感じたり思ったりしながらの葛藤とは次元が違います。

パソコンの前で恋愛について冷静に分析している姿と実際に好きな人を前に試行錯誤している姿を想像してもらえればどれだけ違うかわかっていただけるでしょう。

だから、思春期に恋愛や友達関係、進路等で葛藤を経験した数はその後の人生に大きな影響を与えるのではないかと考えます。

葛藤すること、そして乗り越えることは、本当につらく苦しいことではありますが、弱みをさらけ出せるようになるためにどうしても必要なのです。

人に弱みを見せられないことでお悩みでしたらご相談ください。