人の目が気になるのは誰しも少なからずあります。

「自分がどう見られているか」「自分がどう評価されているか」は社会生活をしていく上で意識せざるをえないものですからね。

道を歩いているとき、自転車に乗っているとき、電車に乗ったとき、ショッピングモールで買い物するとき、周りに人がいる場面で人と話すとき、ホームで電車待ちしているとき、車のバックミラーから後ろの車の運転手が見えるとき…

人の目が気になる場面は日常に溢れています。

自分のことなら自分でコントロールできますが、他人の目というのはコントロールできないからどうしようもない苦しみに悩まされてしまう。

レジに並んでいるときに周りの人から変に見られているんじゃないか、精算しているときに店員さんから変に思われているんじゃないか、お金を払うのに手間取ったら後ろに並んでいる人がイライラするんじゃないか…

人の目を気にしすぎる状態になっていると、買い物でレジに並ぶときだけでもこれだけのことを考えるから大変です。

考えれば考えるほど緊張して変な汗が出て、どこを見ていいかわからなくなる。

人の目を気にする度合いが一定のレベルを超えてくると、家から出られなくなったり生活に支障をきたすほどになります。

人の目が気になる悩みの実態

人の目が気になる人は増えている

日本人は世間の目を強く意識する傾向が昔からありましたが、最近になってさらに人の目を気にする人が増えてきたようです。

NHKのハートネットTVで2016年2月3日に「山田賢治のメンタルヘルス入門 ~視線の恐怖~」が放送されたり、ネットニュースで取り上げられたりしていることからも裏付けられます。

PC、スマートフォンの普及や映像コンテンツの進化など、視覚優位の生活が影響しているのかもしれません。

普段から視覚優位の生活をしているから「見ること」に意識が向きやすい。

逆に「見られる」ことにも意識が向きやすくなり、人の目を気にすることに影響を及ぼしていると考えられるからです。

また、時代の流れと共に人間関係が希薄になったこと、メールやSNSの普及により微妙な距離感で接する機会が増えたことも影響しているでしょう。

お互いにどこか安心できない不安を抱えたままの関係が多いから警戒せざるを得ない。

警戒心が人目を気にすることに現れているということです。

人の目が気になる範囲は人によって違う

人によって誰の目が気になるかには違いがあります。

学校のクラスメイト、職場で一緒に働いている人、近所の人といった何かしら関係性がある人の視線だけが気になる人。

道を歩いている人、電車に乗っている人、お店の中にいる人といった全く関係性がない赤の他人の視線も気になる人。

前者は一人で出歩くことは苦にせず、学校や職場に行くことがしんどい。

後者は家から一歩外に出ることすら苦痛なので、日中出かけづらく買い物に行くとしても人が少ない時間帯に出かけたりしています。

ただ、主婦の場合は前者であっても一歩外に出れば近所の人、ママ友と遭遇する可能性があるためしんどさは後者と大差ないでしょう。

支障の出ている範囲が広いのは後者であり、人の目が気になる度合いも強いと言えます。

人の目が気になるのを理解してもらえない苦しみがある

人の目が気になることの苦しみは人から見られていると感じることだけではありません。

さらに追い討ちをかけてくるのが誰にも理解されないという点です。

家族や友達に話すと「自意識過剰だよ」「誰も見てないって」と笑いながら言われ、「だよね、そんなに見てるわけないよね」と自分に言い聞かせるようにして会話が終わってしまいます。

でも、たとえ誰がなんと言おうと自分が感じていること、考えてしまうことである以上、それは自分にとっては事実でしかありません。

自分が見られている感覚になったら嫌でも気にしてしまうのです。

私自身も人目を気にしすぎて、真夏に高校下校途中の自動販売機でジュースを買うことすらできない状態になった経験がありますが、誰にも理解はされませんでした。

今誰かに話してもネタにしか思われないでしょう。

人の目が気になる原因は?

「相手からどう見られているか」と人目を気にする感覚は誰にでもあり、この感覚自体は正常なものです。

ただ、人の目を意識しすぎるがあまり、買い物に行けない、美容室に行けない、仕事に行けない、学校に行けない、家から出ることさえできないとなると生活に支障をきたしてしまいます。

なぜ、そこまで人の目が気になってしまうのか?

大きく分けると以下の3つが原因として挙げられます。

良く見られたいという欲求

わかりやすい例で言うと、思春期の男子の心境です。

女子にモテたいと思うがゆえに女子からの視線が異常に気になる感覚とよく似ています。

相手に良く見られたいと思うからこそ、相手から見た自分への意識が過剰になってしまうのです。

どう見られてもいいと思ってたら人の目なんて気にならないですから。

逆に「嫌われたくない」「変に思われたくない」といった悪い評価を恐れている人もいます。

良く見られたい、悪く見られたくない、どちらにしても人の目が気になるのは同じですよね。

自分が気にしていることを隠す意識

人は何か隠し事をしているとき、他人の目を強く意識します。

バレないかどうか内心ビクビクしているので、なるべく人の視界に入らないようにしたり、相手と目を合わせるのを無意識に避けたりするんですよね。

例えるなら犯罪者のような感覚、小さい頃悪いことをして親にばれないかどうかビクビクしていたときの感覚に近いでしょう。

人の目を異常に気にしてしまう人は、自分がそういう状態で悩んでいることや自分の欠点、悪い面を隠しています。

自分のダメな部分を知られたら嫌われるんじゃないか、離れていってしまうんじゃないかと思っているから隠すのですが、隠すことで人の目が気になる状態になっているのです。

自尊心の欠如による自信のなさ

自尊心とは自分の価値を認めて自分を大切にする感覚です。

本来であれば親子関係や学校教育で育まれていくものですが、生まれ持った性質や親のかかわり方、学校での体験などが重なって持つことができなかった。

ちゃんと自尊心を持っていれば自分に自信を持つことができるので、「人からどう見られても自分はこうだから」と開き直れます。

しかし、欠如している状態だと他人と比較して自分を過小評価したり、コンプレックスにこだわったり、自分には価値がないと思ったりしてしまう。

その結果、「相手が自分をどう見るか」「相手が自分のことをどう思うか」という他人軸しか物事を考えられなくなって、人の視線が気になる状態になるのです。

人の目が気になる状態は悪化する

自動販売機でジュースを買えなくなった

私自身、高校時代に自動販売機でジュースが買えないほど人の目が気になる時期がありました。

人の目が気になる状態がひどくなるとこんな感じになります。

山道を歩くこと15分、真夏の暑さで喉が渇いて仕方がない。

自動販売機が目に入って「ジュースが飲みたい」と思う。

車を確認するかのように見せかけて周りに人がいるかどうかを確認。

人がいた場合は何もなかったかのように素通り、自動販売機に近づく自分が変に思われるのが怖いから。

人通りがなかったとしてもいつ人が来るかと思うと落ち着かない。

やっとの思いで自動販売機の前にたどり着いたのに財布が変じゃないかと気になる。常に左右背後への意識は強い。

お釣りを取る時間はかけたくないからちょうどの小銭を必死に探す。1,000円札は手が震えて上手く入らない可能性があるから避けたい。

とくに飲みたいわけでもないのにみんなが選びそうなコカコーラを買う。本当はリアルゴールドが飲みたいのに。

スムーズに取り出さないとと焦りながら急いでジュースを取り出そうとする。しかし、焦っているから上手く取り出せず必死になる。

手に持ったままだと買ったことがバレるからすぐカバンにしまい込む。

たぶん誰か見ていたに違いないと思って赤面しながら、赤面がばれないように早歩きで立ち去る。

本当は走り去りたいけど変に見られるのが怖くて走れない。

まるで一挙手一投足を監視されているような感覚でした。

思い込みが強くなり自分を客観視できなくなることも

人の目が気になることで悩んでいたAさんと、カウンセリングのためにとあるショッピングモールに行ったときの話です。

Aさんに店員さんと会話するという行動をとっていただいたのですが、その店員さんはなぜか話しかけたAさんではなく、隣にいた私と目を合わせて話をし出しました。

Aさんは店員さんが目を合わせてくれないのは「自分が変だと思われたからだ」と思っておられましたが、私が見た実態は違いました。

店員さんが目を合わせなかった理由は、Aさんが変だったからではなく、必死さから圧迫感がにじみ出ていたからだったのです。

店員さんに話そうと意気込んでいたAさんは、目を合わせ続けながら店員さんの話をしっかりと聞いていました。

これは相手が深刻な話をしているとき、もしくは、言いづらいことをカミングアウトしてきたときの対応としてはオッケーです。

しかし、今回は何の関係性もない店員さんで、ただ商品の説明をしていただけですから、そんなに真剣に聞かれたら変なプレッシャーを感じて喋りづらくなったのだと思います。

そして、助けを求めるように私と目を合わせて話すという結果に至ったのです。

実際に店員さんがAさんから目をそらしたのは事実ですが、その理由は「Aさんを変だと思ったから」ではなく、「Aさんの真剣に聞き過ぎる態度に圧迫感を感じたから」だったと言えます。

人の目が気になる状態を改善する方法

自分の思い込みから抜け出す

人の目を気にしている人は、相手の反応を自分が気にしていることと結びつけて苦しむ傾向があります。

事実はどうなのかを知る由もないままに「また変に見られた」と思えば思うほど自分は変なんだと思い込んで悩む。

そして、変に見られないようにどうすればいいかと服装や髪型など見た目を気にしたり、会話する時間を短くしたり、できるだけ人のいない場所を選んで行動したりするようになります。

でも、そんなことをいくら繰り返しても今の状況が改善するはずはないのです。

なぜなら、そもそも見た目が変だと思われていないから。

相手が目をそらした原因が何なのか、なぜ自分だけ挨拶されないのか、なぜ相手の様子が変わるのか…

自分が思っている一つの原因だけに結びつけずに本当の原因に気付いていくことが大切なのです。

現地同行していた頃は様子を見た上でしか事実をお伝えできませんでしたが、今は見なくても状況をお聴きすれば何が原因なのかだいたいわかります。

先程登場したAさんのケースだと、目を合わせ続けて真剣に話を聞きすぎることが原因だったわけですから、これをやめれば相手が目をそらすことはなくなります。

「どうすれば目を合わせ続けて真剣に話を聞きすぎるのをやめられるか」がポイントになるわけです。

目を合わせて真剣に話を聞きすぎるのは、極度の緊張状態だから。

では、なぜ極度の緊張状態になるのか。

自信がないから、人と話すときは目を合わせないと失礼だという固定観念が強いから、何を話せばいいかわからないから…

いろんな原因が考えられますよね。

本質とはズレますが、隣にカウンセラーがいたというのも原因にはなっていたと思います(笑)

自分と他人を感覚的に切り離す

人の目をコントロールできればいいのですがそれは無理ですよね。

人は見たいと思ったものを見て生活しているわけですから、たまたま自分がその対象になれば見られることから逃れられません。

他人の視線はコントロールできないので、自分の視線への意識をコントロールしていくことが必要なのです。

自分が他人の反応を細かく観察しているからこそ、他人も同じように自分を観察してきているような感覚になってしまう。

「自分は自分、他人は他人」という境界線を引いて感覚的に切り離せるようになり、他人の反応を観察しなくても大丈夫なくらい不安を抱えられる状態になるのがゴール。

カウンセリングを受けながら、人からどう見られるかが気になる過剰な自意識と少しずつ距離を置けるようにしていくことによって、「自分の見た目がおかしいから見られたんじゃないか」「自分の仕草が変だから見られたんじゃないか」といった思い込みから抜け出しやすくなる。

さらに、人とのかかわりの中で自分がどう見られるかよりも大事なことがあることを実感して、自信が付いてくるようになれば気付いた頃にはほとんど人の目が気にならない状態になっています。

自分の軸をしっかりと持つ

人の目ばかり気にしてしまう状態を改善する上で一番大切なのは自分にしっかりと軸を持つことです。

自分に軸が持てれば嫌われる恐怖心が和らいで自分の悪い面やダメなところをさらけだすことができますし「自分がどうしたいか、何をしたくないか、どうなりたいか」といった自分軸で物事を考えることができるようになります。

ただ、自分に軸を持つためには自分なりの考えを持つこと、自分の悪い面やダメなところをさらけだすこと等が必要。

これを人の目が気になる今の状態で少しずつやっていくことで改善できるのです。

いきなり他人に主張するのはハードルが高すぎるので、まずは自分の価値観や感じ方、考え方、特徴などを知っていくところから。

改善すれば人の目を一切気にしなくなるわけではありませんが、生活に支障をきたすようなことはなくなります。

他人が自分をどう見るか、どう思うかはその人その人の価値観次第であり、いくら自分が頑張って「こう見て欲しい」と思っても思い通りにはなりません。

自分でコントロールできない他人の目に悩まされる日々はもう終わりにしましょう。

⇒人の目が気になって仕方がない視線恐怖症を克服するカウンセリング