「人と話すのが怖い」「人が怖い」と言う方がおられますが、なぜ人を怖いと思うのでしょうか?

人間はおばけのように実体がわからないものに対して恐怖を抱く傾向があります。

人とのかかわりを避けてきた人はあまり人のことがわからないから怖いというのもあるでしょう。

また、「何かされるのではないか」と思うことも怖さにつながります。

例えば、自分の視線が相手に迷惑を掛けていると思っている人は、相手が迷惑に感じているから「何か言われるかもしれない」「何かされるかもしれない」と思いやすい。

過去にいじめられた経験がある人は「またいじめられるかもしれない」という怖さを感じやすくなります。

何かされたとしても反撃できると思っていれば大丈夫ですが、反撃できずされるがままになってしまうと思っていると怖くて仕方ないですからね。

本当の自分がバレて嫌われてしまうかもしれない怖さ

親子関係の問題等で自我が確立されていないのに確立されているかのように振舞う。

世間一般と比較して違うところを見つけては「自分はおかしい」と否定するからおかしいところばかりだと思っている。

周りに合わせるために自分なりの考えや感情をひた隠し。

考えてばかりで行動してこなかったからリアルが充実していない。

自分が主役の人生を生きていないから自分に価値がないと思ってしまう。

隠さないといけないと思っていることばかりだから、本当の自分がばれてしまうことが怖くて仕方ないのもあると思います。

本当の自分を知られたら嫌われるんじゃないか、離れていってしまうんじゃないか、恥をかくことになるんじゃないか

さらに、ばれてしまうのを恐れてビクビクしていることまで隠そうとするから余計に怖さが増すのです。

人とのかかわりを求めていない人は嫌われようがどうでもいいので怖さを感じません。

嫌われることに怖さを感じるということは、人とのかかわりを求めている証拠と言えます。

投影によって生み出される人が怖いという感覚

自分の中に蓄積された攻撃性が怖さを生み出しているということも言えます。

怒り、憎しみ、不満、軽蔑、優越感…

そういう他人に対する攻撃的な感情が自分の中に渦巻いているからこそ、相手の中にも渦巻いているのではと怖がるわけです。

例えば、浮気をした人は相手も浮気するんじゃないかと疑いますが、浮気をしたことがないもしくは浮気なんてことが頭に全くない人は相手が浮気する可能性なんて考えません。

考えの中にないことだから発想が出てこないわけです。(相手が浮気性の場合等を除く)

心理学に投影という言葉があって、自分の中にある影を相手に映し出すことを意味するのですが、まさにこれなんですよね。

「自分の中には攻撃的な性質はない」といくら思い込んでひた隠しにしていたとしても、相手がその影を映し出して怖いと思わせてくるのです。

攻撃的な性質や汚い部分のない人間なんていません。

もしいるとすれば、それは人間ではないのです。

崇め奉られている歴史上の人物や著名人、有名人、どれだけ人から尊敬され人徳のある人間であったとしても、攻撃的な性質や汚い部分、影を持っています。

人が怖いと思うのは、自分自身に隠している影があるから。

ひた隠しにして目を背けているその影、つまり自分の中にある攻撃的な性質や汚い部分をカウンセリングを受けながら上手く表現していけるようになれば、人と話すのが怖い気持ちはどんどん薄れていきます。

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